Pure Soul



何度か、見かけたことがあった。
どうしても眠れない夜に部屋を出たとき、果てしない宇宙が広がる窓際で。
湯気の上がるコーヒーカップを片手に、彼は外を見ていた。
窓にもたれ、時折ため息などついてみる彼に、いつもの快活な面影はなく。
外に向けられた瞳は、そこでしか見たことのない色をしていた。

見たことのない色―――――澄んだ青の瞳が揺れる様は、
まるで、




何かを待っているようだった。
















「・・・キラ・・・?」

一瞬驚きの声を上げたフラガは、無言でキラを自分の傍へと導いた。
おずおずと窓際に歩み寄る存在に、小さく笑いかけてやる。

「どうした。また戦闘になるかもしれないぜ。休めるうちに休んだほうがいい」

ポンポンと頭を撫でる。暖かくて、大きな手の感触。
会って間もない人間に対してのその行為は馴れ馴れしすぎる気がしたが、キラはなぜかそれを受け入れていた。
今は唯一、自分と共に前線に立ってくれる彼だけに、気が緩んでいたのかもしれない。
キラはうつむくと、足元を見つめたまま小さく呟いた。

「出たく・・・ないです」
「そっか。じゃあ、この船は沈むな」

物騒なことを軽く言うフラガに、キラははっと顔を上げる。
自分を見下ろしている顔は、冗談か本気か分からないような表情をしていた。
それが不意に、ニッと笑う。

「ははっ、悪いな。冗談だ。けど、君の協力がなかったら、とっくにこの船は沈んでたよ」

サンキュな、と耳元で囁かれる。

友の乗るこの船を守るために、乗りたくもない機動兵器を操り、同胞とも言えるコーディネイター達を倒してきた。
地球軍でないと言い張りながらも、軍に力を貸してしまっている自分。
けれど、それだけならまだよかった。
敵の手に渡ったガンダム。その一機に乗る人物は、忘れもしない大切だったかつての友で。
数年前の貴重な時間をともに過ごした彼を前に、キラは操縦桿を握る手を止める。
友と敵対しているという事実が、信じられなかった。
過去から今に渡って自分の心を大きく占めている彼と、今自分を想ってくれている友人達の間に挟まれ、キラは唇を噛んだ。
選べと言われても、そう簡単に選べるはずがない。
どちらも―――――大切だから。
うつむくキラの瞳からは、知らず知らずのうちに涙が零れてきていた。

「・・・っ・・・!」

次々と零れ落ちてくる雫を抑えようと、必死で耐える。
キラのそんな姿に、フラガは無言で肩を引き寄せた。

何故泣くのか―そんな問いは必要なかった。
どんな事情にしろ、彼を自らの同胞と戦わせてしまったのだ。
ただの民間人であった少年を戦いに巻き込んだのみならず、彼がコーディネイターであるが故に、その力を利用してしまったのも、あるまじきことだった―本当は。
フラガはキラのさらりとした髪に指を差し入れると、彼の頭を胸に押し付けた。
シャツを掴んで嗚咽を噛み殺すキラの涙が、フラガのそれを濡らしていく。
けれど、それに構わず、フラガはキラの背を抱き締めた。

「・・・・・・どうして、戦争なんかするんだろうな」

無論、そんなことはわかっている。けれど、フラガは腕の中で泣く少年のためにそう声を掛けた。
出来ることなら、彼にもう戦わせたくない―けれど。
そんな残酷な面も、戦争にはあるのだと、フラガは改めて感じていた。

「・・・大尉」
「ん?」

胸元から、か細い声が聞こえてくる。
もう泣き止んではいたが、そのままフラガは彼を抱き締めていた。

「もし大尉が・・・敵軍の方に友がいたとしたら・・・どう・・・しますか・・・・?」

その言葉に、フッと浮かぶ白い影。
その姿に目を細めて、フラガはキラを見やった。
敵軍の友―コーディネイターである彼は、戦いで旧友にでも出会ったのだろうか。
あり得ないことではないだけに、フラガは痛々しげな目を向けた。
まだ16歳だというのに、どうしてそんな苦しい道を歩まねばならないのか。
フラガはキラを抱く腕の力を強めた。

「ん・・・そうだな・・・俺なら・・・・・・」

脳裏に浮かぶのは、別れた時にあの後姿。
ナチュラルとコーディネイター、それだけの隔たりが自分たちにはあった。
自分たち―――――自分と、ザフトの指揮官、ラウ・ル・クルーゼとの。

「・・・やっぱり、割り切るしかないな。昔の友だろうと、敵は敵だ。殺らなきゃ、自分が殺られる」

戦争は、決して個人で成り立つものではない。
あくまで、組織と組織の戦いなのだ。
そんな中で、一個人でしかない人間の思惑など、とるに足らないもの。
たしかに割り切るしかなかった。
過去の友のことなど忘れて、ただ敵として見ることが出来たなら、どんなに気が楽かわからない。
けれど―――――。
瞳をぎゅっとつぶってしがみついてくる彼に、フラガは小さく笑った。

「・・・なんてな。そんなのできる奴なんて、いないぜ。俺だって、割り切れてないしな」
「え・・・」

キラが、驚いたように顔を上げる。
言外に問うてくるその瞳に、フラガは頷いた。
キラを抱いたまま、窓の外を見やる。
窓の外―敵軍が攻めてくるであろうプラント側を見て、フラガは目を細めた。

「俺も、いるぜ。ザフトの奴でさ。あいつ、嬉しそうに攻めてきやがる」

怒ったような口調とは裏腹に、口元には笑みが刻まれ。
ふっと懐かしげに笑う彼の姿は、離れ離れになった今でもその人を想い続けている証拠だった。
自分と全く同じではないにしろ、大尉という立場でありながら想い人と敵対する心は、どれほどつらいものだろう。
キラは泣きそうな顔でフラガを見上げた。
ふっと浮かんだ問いを口にする。

「好き・・・なんですね・・・その人が・・・」

フラガは少しの間キラを見つめて、それから頷いた。

「ああ。」

力強くそう頷ける彼に、憧れに近い感情が湧き上がる。
自分はザフトにいる友を、友への想いを認められない。
認めてしまったら、自分の中の何かが壊れてしまう気がした。
それなのに、この彼は、ナチュラルとして地球軍に所属しながら、コーディネイターであろうその人を想い続けている―。
欲しいと思った。自分も、そんな力強さを持てればよかったのに。
キラはフラガの胸に再度身を預けると、その制服越しの暖かさを噛み締めていた。

「・・・だから、貴方はここにいるんですね」

やっと、合点がいった気がした。







彼は、想い人を待ち続けていたのだ。
そう・・・毎夜。





大きくて暖かな手が、肩に触れてくる。
心地のよいそれに包まれ、キラはそのまま瞳を閉じた。



















―同じ瞳をしていた。僕と、あの人は。
だから、なぜか落ち着くような気がしたんだ。
君じゃない誰かに安らぎを求めるのは、悪いことかもしれないけど、
僕は、アスラン、君だけを―――――・・・・・・









Update:2003/01/08/WED by BLUE

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