狂気の狭間 前



「おい」

後ろからかけられた唐突な声に、フラガははっと振り向いた。
途端、何人もの剣呑な瞳に晒される。
その一人一人が鉄パイプのような凶器を持っていて、素手だった彼は息を飲んだ。

「な、んだよ・・・・・・」

微かにあとじされば、背後からも人の気配を感じる。
気付けば囲まれていることに、フラガは唇を噛み締めた。
にやにやと卑下た笑みを向ける同僚たちが、じりじりとにじり寄ってくる。

「・・・俺は、上官に呼ばれてるんだ。お前らの相手は出来ない」

言い逃れに、フラガは上官のことを持ち出した。「呼ばれている」それは嘘ではない。
しかし、男達は鼻先でそれを一蹴してしまっていた。

「聞いたか?コイツ、まだ行く気らしいぜ」
「オレたちがこーやってる理由・・・わかんねーの?優等生殿」

いきなり足を払われ、フラガはその不意打ちに倒れ込んだ。
あわてて起き上がろうとするが、上から背を打ち据えられ、フラガは抵抗さえ出来ず。
ひときわ大きな体躯の男が、自分の襟首を掴む。
圧倒的な力に引きずられ、フラガは薄暗い個室の壁に投げ飛ばされた。

「・・・っ・・・!」

唇から血が流れ出す。
衝撃で唇を切ってしまったようだ。
口内で感じる血の味と全身を襲う痛みに顔を顰めれば、有無を言わさず顎を捕らえられた。
ガチャリ、と音がする。ドアが閉められた音だ。
座り込む自分を面白そうに見やる男たちは、それだけでフラガの恐怖心を煽るには充分だった。

「・・・っ・・・貴様ら、何を・・・!」
「そうそう、優等生ムウ・ラ・フラガ君にお伝えしなければならないことがありました」

からかうような声に怒りを覚える。
けれど、抵抗しようにも4人の男に両手両足を捕らえられ、いかなフラガでもそれを振り払うことは出来ず。
きっと睨みつけると見下ろす男は鼻で笑った。

「・・・本日を持ちまして、フラガ少尉殿には、新型MAのパイロットの座を辞任して頂きましょう」
「っな・・・」

新型MAのパイロットの座?
フラガはわけがわからない、といった風に首を振った。
確かに、新型MAのシュミレーション・テストで一番の成果を上げたのは自分だ。
多少の嫉みの視線にも気付かないわけではなかったが、
だからといってそれだけで憎悪を向ける人間がいるとは考えられなかった。
何より、まだ正式にパイロットとして任命されたわけではないのだ。

「・・・俺は、新型MAのパイロットなんかじゃない」
「これからなるんだよ。呼ばれてンだろ?バルダ大尉に」

モビルアーマー部隊を担当する上官の名を出して、男は口の端を持ち上げる。
はっと目を見開いたフラガの両手首に、上半身を拘束していた男が手錠をはめた。
周波数と複雑な暗号によってかけられた電子錠は、力任せで外れるわけもない。
後ろ手に縛り上げられ、フラガはどうにもならないこぶしを強く握り締めた。
男たちが自分の顔を覗き込んでくる。生臭い男の吐息に淫靡な翳を感じ、フラガは顔を背けた。
揶揄るような声が、耳元で響く。

「まーったく、困っちゃうよなぁ。いくら天賦の才能だからって、真面目に訓練してるオレ達を差し置いて、最年少のアンタが首席パイロットなんてよぉ」

―嘘だ。
真面目に昇進を望み日々訓練に励む者が、他人を陵辱するような真似ができるはずがない。
気丈に目の前の男を見据える。けれど、フラガのその鋭い光は相手の、自分をバカにしたような顔に跳ね返されていた。

「・・・っ・・・」
「なぁ、言ってみろよ。オエライさんにケツでも振ったんだろ?」
「・・・ふざけるなっ!!」

顎を取り顔を近づけた男が、激昂したフラガの脚に蹴り飛ばされる。
今まで抵抗の少なかったフラガに、彼を抑えていたはずの男達も力を緩めていたのだろう、あわてて青年の抵抗を抑え込みにかかっていた。

「やりやがったなテメェ!」
「自分がどんな立場に立ってるのか、自覚させてやるぜ!!」
「っ・・・!」

顔面を襲う激しい衝撃。
迫る拳に顔を背けるフラガは、けれどそれ以上逃れる術も持てずに、苦痛に耐え続けた。
白い肌に、青い痣が刻まれていく。

「・・・まぁ、この辺で許してやろうぜ?威勢のいいほうが楽しいしな・・・」

嵐のような暴力が去った後、痛みの中見上げれば、
先ほど自分が蹴り飛ばした男がにやついた笑みを浮かべ、手には何かが握られている。
男達はそれに気付いたのか、そろってイヤらしげな笑みを浮かべた。
その笑みに『何か』を感じ、フラガの体が強張る。
―まさか・・・。
彼の想像したものは、皮肉にも当たっていた。

「・・・アンタのために手に入れたんだぜ?さ、飲ませてやるよ」

ピン、と軽い音がして、瓶の栓が抜かれる。
フラガはその音に身を引いたが、今だ痛みのはびこる体と、押さえつけられた尋常でない力は、彼を逃れさせるはずもなく。
近づく男に、今度こそフラガはぎゅっと瞳を閉じた。
頬に手がかかる。痣をゆっくりと包むように添えられ、しかしあまりの屈辱に悪寒しか感じられない。
重ねられた唇から流し込まれる液体は、冷たく、熱い感触がした。

「・・・っ・・・」
「愉しませてやるぜ・・・覚悟しな」

力の入らない体。何か自分のものでないような感覚に、フラガは息を呑んだ。
早くも飲まされた媚薬の効果か、見下ろす男たちさえ朦朧としか映らない。
体の奥から湧き上がる熱に床で悶えるフラガを、男達は仰向けに横たえた。

「・・・っやめ・・・!」

軍服の胸元を力任せに引き裂かれ、羞恥に顔を背ける。
けれど、他の男に無理矢理下肢を剥かされ、足を開かされた時、フラガは耐え切れずに声を上げていた。
自分の下肢が情欲に濡れた男達の眼前に晒されていることが、あまりに信じ難くて。
今まで考えたことすらなかった彼らの態度に、フラガは首を振り乱した。
暴れようとする足を押さえられ、男の顔が下肢に埋められる。
もう鎌首をもたげているそれを口内に含まれ、フラガは眉根を寄せた。

「くっ・・・やめろ・・・!」
「いつまで持つかな?そう言ってられるのも、今のうちだぜ?」

キスをされる。噛み付くような乱暴な口付け。
男に、それもなんの付き合いもなかったはずの男の唇は、フラガにおぞましさだけしかもたらさなかった。
けれど、体は容赦なく追い上げられていく。
胸元を這う舌先、下肢を襲う強烈な刺激、耳元で聞こえる濡れた音。そのどれもが彼の精神を蝕んでいく。
逃れようにも現実を受け入れるしかない彼の頭は、いつしかその端に白い影を見出していた。

「うあ・・・っ!!」

体をひっくり返され、腰だけ高く持ち上げられる。
露わになった双丘を鷲掴みにされ、思いやりの一つもない乱暴さで秘孔を目の前に晒された。
驚きに声を上げれば、口を開いたその瞬間に男のモノを挿し入れられる。
あまりのことに、フラガの視界は真っ白に染まっていた。

「くあ―――・・・・・・」

先ほどまでとはケタ違いの質量が、深々と彼の身体に突き刺さる。
想像を絶する大きさのそれは、彼の下肢に悲鳴を上げさせた。
けれど、神経を絶えず灼く痛みを、えも言われぬ快楽にすりかえるのが媚薬の効果なのか、
苦しさと熱の奔流だけがフラガの全てを支配していた。
あまりに許されぬ行為。自分の身体が、男達に強姦されて悦んでいるなど。

(・・・っクルーゼ・・・っ!!)

頭の片隅に浮かんだ存在の名を、フラガは叫んだ。
助けを求めても報われるはずのない存在だと、わかっているのに。
だが、過去の記憶をよりどころにすることしか、今のフラガにはできなかった。
小さい頃、自分が苛められていた時、決まって助けてくれたヒーローのような存在。そんな懐かしい光景を思い浮かべて、フラガは宙に手を伸ばす。
誰も取ってくれるはずのないそれを、何度伸ばしたかわからない。
けれど、いなくなってしまった彼を求める心は、今になってもフラガの中に存在していた。
熱い。視界が霞み、身体の中が暴走しているようだった。
意識が、途切れるほどの苦痛。


―クルーゼ・・・・・・っ・・・・・・




「そこまでにしておけ」

唐突に聞こえた低いがよく通る声に、今度は男達が振り返る番だった。
薄暗いその部屋の中で、ひときわ白く浮かぶその姿に、みな一瞬目を細める。
肝心の声の主は壁に身体をもたれたまま、口の端だけで小さく笑みを刻んだ。

「・・・誰だ、てめぇ。どこから入ってきやがった?!」

多少上ずった声が響く。鍵をかけていたはずの室内に侵入を許したことで、動揺を隠し切れないようだ。
背に隠していた物を床に投げてやる。壊されたロック機器に、男達は一斉に息を呑んだ。
到底、常人の力では壊せるはずもない。

「き、貴様・・・何モンだ・・・」
「生憎だが、私の姿を見てただで返すつもりはないな・・・・・・」

不敵な声音が響く。そして次の瞬間、立ち上がりかけていた男が低く呻いた。
彼が、男の後頭部に衝撃を与えていたのだ。
ドサリと倒れ込む仲間に驚き、そして今は間近にある男の存在を睨みつける。
けれど、なんの表情も見出せない冷たく白い仮面の下で、綺麗な唇が薄っすらと笑みを浮かべた。

「・・・てめぇ、やりやがったな!!」

押さえつけていたフラガをあっさりと手放し、お愉しみを奪った男に殴りかかる。
だがそれをも軽くかわされ、気付けば背後の仲間であるはずの男に攻撃を繰り出していた。

「・・・っ!」

薄暗く、距離感がはっきりしないところでは、繰り出す攻撃も全く相手に通用しない。
4人がかりで1人を相手してるというのに、何の効果も上げられないまま1人、2人と倒されていく屈辱にぎりぎりと唇を噛み締めた。
だが、男の動きの速さは、彼らの目には捉え切れないまま。
白い残像。それだけが薄暗い視界に残った。

「・・・眠れ」

聞こえるか聞こえないかの低音。それが男達の耳を貫く。
それに気付いた時には、もはや立ち上がれる者はいなかった。
ドサリ、と最後の巨体が倒れ込む鈍い音を確認して、足早に全裸のまま壁にもたれるフラガに歩み寄る。
熱に浮かされたような虚ろな瞳に、男は顔を顰めた。

「・・・おい、フラガ。わかるか」

頬をぺちぺちと叩くと、やっと目の前の存在を瞳に映す。
途端驚きに目を見開くフラガに向けて軽く笑うと、散らばった服を集め始めた。

「・・・全く、お前はいつになっても隙だらけだな」

苦笑を禁じえない声音に、一気に体温は上昇する。
先ほどまではひどく求めていた存在であるというのに、フラガはぷい、と横を向いた。

「・・・っ・・・な、なんでいるんだよ・・・」
「お前の呼ぶ声が聞こえてな」
「ば、バカっ・・・!」

反抗するフラガにも気にせず服を羽織らせてやる。それから、クルーゼは軽々と彼を抱き上げた。

「っな・・・」
「話は後だ。こんな所にいては、私も捕まり兼ねないからな・・・」

表情も変えずに、壊れて意味を為さなくなったオートロックのドアを開け、
人目を避けるようにフラガの自室へと急ぐ。
きっちりと鍵がかかったことを確認すると、クルーゼはフラガの身体をベッドに横たえた。
今だ後ろ手に拘束具がつけられていることに、クルーゼがくすりと笑う。

「なるほど・・・イイ格好だ」
「・・・くだらねぇこと言うなら出てけよ!!」

頬を染め、必死に羞恥に耐えるフラガに、喉の奥を鳴らす。
自分一人で手錠を外すことさえできないでいるくせに威勢だけはいい彼が、ひどく嗜虐心を誘った。
震える体。少し腕が触れただけで、びくりと反応する。
シーツの上に全裸を晒しながら、今だ苦しげに喘ぐ彼は、しかしどこかがおかしかった。
本来ならばもっと強い光を秘めていてもおかしくない瞳。それが潤み、身体が熱を帯びたように上気している。

「・・・さてはお前、飲まされたな?」

にやにやと笑う男に、フラガの顔が更に真っ赤に染まる。
図星を突かれ、弱みを見せまいと必死に振舞っていたはずのフラガの瞳が揺れた。
耳元で囁いてくる低い声音に、びくりと震えてしまう。

「・・・ラクにしてやろうか?」
「・・・っバカいうな・・・っ!!!」

苦しげに言葉を吐き出し、自由な足でクルーゼを蹴り飛ばそうとする。
それを寸でのところで押し留め、クルーゼは小さく笑った。

「相変わらずだ。素直じゃないところも、強情なところも・・・。安心したよ」

肩を竦めて、睨みつけるフラガを笑みでかわしながらベッドを降りる。
熱い吐息を吐きながらも気丈さだけは失われていないその瞳に、クルーゼは背を向けた。

「ま、一人で耐えることだな。それだって所詮はクスリだ。いずれ効き目は切れる」

それまでが辛いけどな、と歪めた口の端だけで呟いて、クルーゼはドアへと向かう。
久々に出会った余韻さえ残さないまま去ろうとする気配に、フラガは改めて動揺してしまっていた。

「ま、待てよ・・・!俺を・・・こんな状態で置いてくつもりかよ!?」

荒い息の中、必死にクルーゼに向けて叫ぶ。
背にかけられる声に、男は無表情で振り向いた。
仮面の奥から投げられる視線に、なぜか胸が痛む。

「・・・っ・・・、手錠くらい外してくれてもいいだろ・・・っ!?」

泣きそうに訴えるフラガに、歩み寄る。ベッドサイドに立ったクルーゼに顎を取られ、フラガの鼓動が跳ね上がった。
息を呑む彼に、クルーゼは口の端だけで笑みを刻む。

「随分ムシのいい話じゃないか。ここまで助けてやった私に、これ以上何を望む?」

冷たい声音だけ投げかけて、再度背を向ける。
フラガは唇を噛み締めた。
言いたくて、言えない言葉がある。それは喉元まで出掛かっているのに、フラガ自身のプライドが邪魔をしていた。
身体が熱い。このまま手さえ自由にならないで、体の内を駆け巡る熱に耐え続けることなどできるはずもなかった。
それでも、最後の理性が欲望を押さえつける。クルーゼを・・・それも、彼に抱かれることを望むなど―・・・・・・

「・・・っクルーゼ・・・!」

悲痛な声だった。ドアに手を掛けていたクルーゼの動きが止まる。
そのままの状態で次の言葉を待っていると、か細い、搾り出すような声がベッドルームから響いた。

「・・・っ抱いてくれ・・・このままじゃ・・・・俺・・・」

耐えられない、と続ける。クルーゼは、やれやれと苦笑した。
どうせ、こうなることはわかっていたのだ。
(・・・やっと素直になったか)
ゆっくりと振り向くと、縋るように見やるフラガと目が合う。
クルーゼは今度こそ柔らかく笑いかけてやった。

「ふ・・・それでいい」

仮面を外す。秀麗な顔が、不敵な色を帯びていて。
自分の体がクルーゼに抱かれるということを改めて自覚したフラガは、身を焦すような羞恥に耐えながらも、ベッドに体を横たえた。













Update:2003/04/04/FRI by BLUE

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