ミステイク



ある日、クルーゼは来なかった。
学校にも何の連絡もない、いわゆる無断欠席だった。そんな不良的なことをする彼でもないだけに、
教員たちも首を傾げた。
彼を取り巻いていたクラスメイト達も困惑し、
フラガにまでクルーゼのことを聞いてくる始末。
フラガは顔を顰めた。そんなこと、こっちが聞きたいくらい。
あんなとらえどころのない男が、どこにいるかなど。
わかるわけがなかった。想像すらつかない。病気なんて柄じゃない。・・・気がする。
毎日当たり前のようにしていた訓練を、その日だけは怠った。
当然来るはずのクルーゼを待っていたから。
(・・・何やってんだろ、オレ)
くるくるとペンを回しながら、意識はあの窓際の空いた席。
授業もそっちのけで、フラガはクルーゼのことを考える。
ここ最近、空気のようにそこに存在した彼が今日はいない。
つまらない講義だった。誰かの下手くそな発表がむなしく教室内に響いていた。

その日は、本当はばたついた一日だった。
近くの軍事基地が昨晩遅くに爆破されていた。フラガもその強烈な音に目を覚ましたくらい。
学校の教員達は、その処理のためにほとんどが駆り出され、
授業もまともな状態ではなかった。
臨時の教員がほとんどの科目を適当に済ませていた。
今の時代は、まだコーディネーター達のザフト軍とナチュラルたちの地球軍がはっきりとしたぶつかり合いをしているわけではなかったが、
ただ、国としてははっきりと分かたれていた。
いつか来る戦争のために、軍備を強める一方だった。
その代わりに、テロが頻発していた。
にらみ合いを続ける一方で、このような軍事施設の破壊など、小規模なテロがどちらの陣営にも起こっていた。
無論、全面戦争に比べれば、であって、被害も死人もたくさん出る。
そうして、今回もまた、そんな状況だった。
いつか自分の身にも降りかかるであろう恐怖は、常に学生達の心に棲み付いている。
だが、それでもこれが彼らが選んだ道なのだ。
自分を、大切な者を、守るために。
無力なまま死ぬよりは、戦って死んだほうがマシだから。

そう、誓ったのだ。
強くなると。そのために、今できることと言ったらたったひとつしかない。
気を取り直して、ひとり訓練場へと足を運ぶ。
遠くの空には、爆破された後の細い煙が天に尾を引いていた。










―――・・・ご苦労。相変わらずの仕事ぶりだな

「・・・・・・なんだ・・・?」

唐突に人の話し声が聞こえ、フラガは眉を顰めた。
訓練場へと向かう道から横道にそれた位置。
フラガはいつも、あの場所へ向かうときに裏の近道を使っていた。
そこは校舎のコンピュータ制御をしている機械室だったり、動力室だったりが置いてある、
まさに人が来るような場所ではない。
だというのに、自分以外の、人の声を聞きフラガは首を傾げた。
声は、動力室の影になった一角から聞こえていた。
人の目を離れ、何かの密談をするような場所だ、フラガは壁に背をつけて聞き耳を立てる。
この時、気のせいかと思って無視すれば、それでよかっただろうに。
そっと顔を出し、心臓が飛び出るほど驚いた。
・・・クルーゼだった。あの、余りある才能をもった転入生。

「・・・な・・・」

息を殺して見ているフラガの目の前で、
クルーゼは目の前の男にデータディスクらしきものを手渡していた。
フラガは男を見た。もちろん見覚えのない、どうみても学校関係者ではないように思える。
自分らよりも一回りは年が上だろう。その男はクルーゼからディスクを受け取ると、大事そうに胸のポケットにそれをしまった。そしてその代わりといったように似たようなディスクを取り出す。クルーゼはそれを受け取る。
どう見ても、まっとうではないように思えた。
フラガは後辞去った。
なにかの工作員のようなやりとりに、背筋が凍る。
それならば、彼―――クルーゼが他の学生達と比にならない力を持っていることも、頷ける。
つまり、そういうことか―――。この学校に、何食わぬ顔で転入して。
そう、ここは、アラスカの大西洋軍本部に近いのだ。
軍事施設など大小星の数ほどある。機密事項も多い場所。それを狙っているのだとしたら―――。
深夜すぎのあの爆発音が耳によみがえった。
恐怖にフラガは踵を返した。靴が砂利を踏み、かすかな音を立てた。

「っ、誰だ!」

鋭い声が飛んだ。
刃のような硬質な声音。クルーゼだった。
あの柔らかな声音しか聞いたことのなかったフラガは凍りついた。
混乱した頭のまま、ただ恐怖に駆られ、背を向けて走る。
だがそういうときに限って足が縺れ、その場にフラガは倒れ込んだ。頭とむき出しの肘を擦り剥いた。その時にはもう銃口を突きつけられていた。
そうして。

「・・・・・・ムウ・・・」

呆れたような、うんざりとしたような声音が自分を名を紡ぎ、唇を噛んだ。
フラガは何も言えない。恐怖のほうが先行していた。
―――馬鹿げたことだ。こんな殺し合いの道を選んだのは、誰でもない自分だというのに。
銃口を突きつけられ、恐怖に足が竦むなど、
心底情けないと思ったのはのちのちになってから。
カツカツと靴音がして、あの男が近づいてきたのがわかった。

「知り合いか?」
「・・・ただのクラスメイトだ。運が悪い、な」

低い声音は恐怖しかもたらさなかった。
16歳の少年とは思えない、そんな恐ろしい声。そう思った瞬間、後頭部に強烈な衝撃を受ける。
フラガの意識はそこで完全に途切れてしまっていた。
力の抜けた体が、クルーゼの腕に支えられた。

「処分は任せる。しくじるなよ」

男はただそれだけ言うと、靴音を立てて踵を返した。

「ああ。・・・あんたこそな」

夜のテロのせいで、警備はかなり厳しくなっていることを指摘して、クルーゼは言った。
男は肩を竦めた。
そうして、ひらひらと手を振り。

「コドモに言われたくない台詞だね」

そんな言葉を残して、男は立ち去っていった。
数秒で、気配はすっかり消え失せる。それから、クルーゼはやれやれとフラガを見下ろした。
呆れ半分、それでも彼は小さく笑みを浮かべる。
間の悪い時に来る奴だ、と思う。まったく、世話を焼かせる男だとひとりごちて。
クルーゼはフラガを抱えると、
それでもどこか軽い足取りで校舎へ向かい始めた。

「さて、どうするか・・・・・・」





...to be continued.




Update:2005/10/28/THU by BLUE

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