Dark Kiss



愛されてないという、自覚はあった。
けれど、自分から望んでこの男の傍にいたいと思ったのだから、仕方ない。
ムウ・ラ・フラガはしどけなくベッドに横たわったまま、今はいない愛する男のことを考えていた。
ザフトに捕らわれ、この男に再会した時は夢かと思った。
だが、再会を素直に喜べるほど、そう現実は甘くなくて。
あの頃の面影はあっても、明らかに空気の違う彼に、フラガの胸が痛んだ。
初めて会ったのは、お互いまだ何も知らなかった少年時代。
いや、今思えば何も知らなかったのは自分だけだったのかもしれないが―。とにかく、まだコーディネイターですら成人していない、そんな年代だった。
だから自分は、錯覚してしまったのだ。
目の前に現れた懐かしいこの男―ラウ・ル・クルーゼが、あの時となんら変わらない、と。
けれど、懐かしいと見上げた先には、ただ酷薄な笑みを向けて自分を見下ろす彼がいて。
息を呑んだのは自分の方だった。
そして―――――。

「・・・っ・・・・・・」

手で顔を覆う。あの時のことを思うと、今でも涙が溢れてきそうだ。
今でこそただの玩具として扱われるのは慣れてしまったけれど、あの時は屈辱と絶望の入り混じった地獄でしかなかった。
・・・多分、あの時の自分は彼の男に愛された記憶しかもてなかったからだろう。
愛―いや、そんなものではなく、本当はただの子供の火遊び、といったところだったろうが。
過去、彼とは『そんな』関係にあったことがあった。
今よりずっと拙い指先で、手探りで契りを結んだ記憶は今でも心の中にある。
ただ一方的に犯されたといったものではなく、同意の上の、苦しくとも甘かったその行為。
故に勘違いをしていた。「自分は愛されていた」と。
別に、その時はクルーゼを愛しているという自覚はなかったし、愛されていると思っているわけでもなかったから、
クルーゼが月からプラントに移ると言われて、寂しいな、くらいにしか思わなかったけれど。
あの時押さえ込まれた体は、そんな過去の甘やかな記憶を鮮明に思い出させていた。
甘やかな記憶―・・・そして、"愛していた"という愚かな自覚を。

「っ・・・」

身体を動かそうとして、フラガは痛みに顔をしかめた。
そして、次の瞬間中に吐き出されたあの男の残滓が奥底から溢れてくる。
切れて流れた血の色が混ざるそれに唇を噛み締め、フラガはだるい身体を引き摺るようにシャワー室へと駆け込んだ。
体力は消耗し、立っていられないほど。
けれど、なんとか壁に手をつき、コックを捻ってシャワーの湯を被る。
熱いほどのそれが、しかし自分の穢れ切った身体を少しは癒してくれそうで、
フラガはザーザーと流れるそれにしばし身を委ねていた。

「・・・ち、くしょ」

今だに内部に残る男の証が、気持ち悪くてたまらない。
言えるものなら中で達かないでくれと言いたいのだが、今の自分は彼の恋人でもなんでもないことを知っている。
自分ができることは、この次に彼が自分を求めた時、彼の機嫌を損ねる身体であってはならない、ということだけだった。

「・・・ぁあ・・・っ・・・」

自分からそこに指を突き立てる。無論、中を濡らすモノを掻き出すためだ。
許容量を超えかけていたそれはフラガが指を挿れた途端外部へと漏れ出していく。
ぬめったそれが指を伝っていく様が嫌で嫌で、早く終わらせてしまおうともう1本指を挿れて内部を拡げてやった。

「・・・っ・・・」

白濁したそれが太股を汚していく。
けれど、シャワーのお陰でさほど意識することなく流れていってくれるのが嬉しい。
洗剤を泡立てて全身を洗い終えると、フラガは軽く拭いただけで無造作に置いてあったバスローブを羽織い、
まだ多少フラつく身体をベッドへと横たえた。
・・・どうせ。
こんなことしか、自分はすることがないのだ。
濡れた髪を枕に押し付け、不貞腐れたように身体を投げ出せば、いつもの通り無駄な思考が鎌首をもたげてきて、
フラガはそれも嫌だといった風に首を揺らした。
・・・確かに、愛されたいとは思っていた。
自ら男の懐に飛び込んだとはいえ、飛んで火にはいる夏の虫のように焼け死ぬ思いをするのはいい加減辛いから。
けれど、愛していると告げて、あの男にひたすらに愛を乞う勇気など自分にはなかった。
自分は、ただの慰みものなのだから。
本来、捕らわれ者の末路は、死でしかない。
なのに、どうして自分がこんなところにいるのかと言えば、
クルーゼが戯れに自分の命を買ったからだった。
自分の生死は、もはや彼の手の中にある。
それは明確な事実であり、自殺をしたとて逃れられるものではないのだ。
けれど、愛していた男にただ性欲処理の道具として扱われるのはそれなりに堪えたし、
こうやって過去の思い出にしがみついてしまうこともある。
本当に感情すらなくなってしまえばいいのに、とフラガは自嘲ぎみに笑った。

「・・・バカ、だよな・・・」

間違ったのは、多分あの時。
クルーゼの過去の面影に惑わされ、偽りの優しげな笑みに頷いてしまったこの自分。
彼の前に来て軍人としてのプライドを全く失ったらしい自分が悪いのだ。
そして、・・・それでも彼を愛していたという事実が。
ふと、通信機の呼び出し音が鳴り、フラガは軽くそちらのほうに目を向けた。
取る必要はない。クルーゼがいなければ、この家は留守、ということになっている。
数回鳴った呼び出し音が突然途切れ、今度は何度か聞いたことのある掠れたような声がスピーカーから響いてきた。

『・・・相談したいことがあるのだが・・・。今夜、どうかね?』

たった一言。それだけで言葉は終わる。
この手の通信はよくあることで、さして気にした風もなくフラガは寝返りを打った。
けれど、気にならない、わけではないのだ。
ここに来てしばらくたってから初めてわかったことだが、
クルーゼはただのザフトの指揮官にしては高い地位の役職についている者達と深い関わりを持っていた。
というか、聞いていると情報がかなり早いのだ。
別にクルーゼが自分にそんなことを告げたことはなかったから、自分も何も知らないふりをしていたけれど。
明らかにただの上官、部下以上の繋がりがあるのだと、フラガは気づいていた。
そう、・・・こういう通信が入るくらいに。
先ほどの男は、たしかプラントの国防委員長だったか。
クルーゼを腹心の部下だと思っているらしいその男は、よくクルーゼを相談と称して呼び寄せる。
そうなればクルーゼは朝方まで帰ってこないのがほとんどで、
フラガはぼんやりと何が起こっているのかを理解していた。
・・・おそらく、関係をもっているのだろう。
クルーゼは誰かに頭を下げるような男ではない。
それは、過去共に学生生活を送っていた際、目上にすら頭を下げなかったことからもよく知っている。
そんな男が上司の呼び出しを受け、夜を付き合わさせられる。
明らかに、クルーゼは意図的にそんな関係になっているのだろうと検討がついた。
その『意図的』という部分が何故なのか、フラガにはどうしてもわからなかったけれど。

「・・・クルーゼ・・・」

フラガは彼を想って瞳を閉じた。
だからこそ、なのか、そういう朝というものは、決まってクルーゼはひどく機嫌が悪い。
帰ってきてそのまま犯されることもしばしばだ。
そんな時のクルーゼはどこか狂気じみていて、苦しげで、見ていてこちらが胸が痛くなるほど。
けれど、何か声をかけてやろうとして結局何も言えずに口を閉ざしてしまうのは、
あれ以上ないくらいきついクルーゼの瞳に気圧されてしまうから。
そして、こういうことでしかクルーゼを慰められない自分の無力さを、ひどく悔むのだ。
そんな日々が、この数ヶ月間ずっと続いていた。




ガチャリ、とドアが開く音が聞こえた。
この家の主が帰ってきたのかと思い耳を澄ませば、次の瞬間どさっ、と何かが倒れるような音。
それきり物音がしなくなった玄関先が気になって、フラガはバスローブのまま階下へと降りる。
目撃したのは、倒れて息も絶え絶えのクルーゼだった。

「・・・・・・っクルーゼ・・・!」

そうそう見ない男の状態に、フラガは慌てて駆け寄った。
散々犯され、慰みものにされ、人間だとすら思っていないかのように自分を扱うクルーゼだけれど。
心配でたまらない気持ちが自分の中にあるのはどうしようもない。
突っ伏していた身体を起こさせれば、苦しげに胸の辺りを押さえている。
それを見ていつもの発作だと判断したフラガは、
クルーゼの部屋にある薬箱を乱暴に漁ると痛みに喘ぐ彼に薬を飲ませてやった。
瞳を閉じるクルーゼの顔が真っ青で、見ていて辛くて仕方ない。
どうしてこんな状態だというのに軍隊などに入り自分の身体を酷使しているのか、フラガにはどうしてもわからなかった。
やっと荒かった息が収まりかけてくる。
即効性の薬は、こういう時にはとてもありがたいのだが、その分持ちが悪いのだろう。

「クルーゼ・・・。休んでたほう、いい」

クルーゼを抱えて、フラガがそう呟く。
けれどそれを無視して痛みに耐えるクルーゼに、小さくため息をつく。
心の底から彼の案じていたフラガは、言えるはずもない言葉を無意識のうちに口に出していた。

「・・・もう、やめろよ」

クルーゼがナチュラルだということくらい、わかっているのだ。
そこからして、クルーゼがなんらかの目的があってザフトにいると検討をつけていたのだが、
けれどコーディネイターの中でその上に立つことは、
いくらナチュラルとして能力が高い彼であってもそうそう楽にはいかないはずだ。
クルーゼが身体を酷使しているからこそ、病状も悪化するのだと言ってやりたい。
どうして、そんな無理をするんだよ?!
どうして・・・
突然、クルーゼが目を開けた。
その色にフラガは慌てて目をそらす。狂気の色。無意識に身体が引いてしまう。
今だ荒い息を吐くその男は強烈な視線で睨みつけると、奥底から湧き上がる衝動のままにフラガの首を片手で締め上げた。

「っ・・・!」
「やめろと言うのか、貴様は・・・この私に向かって!」

やめられるわけがないだろう、と凄みを利かせた低音が耳元で響く。
それだけで身体が恐怖に竦み上がる。
けれどフラガは息苦しさにかすんだ瞳で、必死にクルーゼを見つめた。

「っク、ルー・・、・・・」 
「何も知らぬ貴様が・・・、貴様に止められる筋合いなどない」

だんっ、と床に叩きつけられるようにして手を離される。
いきなり解放された気道に、フラガはむせるように咳こんだ。
クルーゼは目を細める。けれど、それは憐れみのようで、蔑みのようで。
今度は苦しげに喘ぐフラガの身体に乗り上げ、クルーゼは口の端を歪ませた。

「―――足を開け」
「っ・・・」

あまりに唐突な命令。フラガは息を呑む。
羞恥に動けないでいると、クルーゼが畳み掛けてきた。

「足を開けと言っているんだ。早くしろ」

こんな玄関先で、というフラガの思いなど完全に無視した乱暴な物言い。
クルーゼの有無を言わせぬ声にフラガは唇を噛んで、おずおずとバスローブの足を開かせた。
途端、両腕で足を抱え上げられ、フラガの顔が恐怖に引きつる。
そして次の瞬間、いきなりクルーゼ自身を後孔に突き立てられ、フラガは悲鳴を上げた。

「っああ――・・・っ・・・!」

指が震え、無意識にフローリングの床を噛む。
恐怖に竦んだ体が、より侵入を拒むようにキツく収縮してしまう。
クルーゼは拒むフラガの身体に眉間に皺を寄せると、自分を吐き出そうとする内部に強引に腰を進めた。

「くああ――・・・!」

昨夜も切られた内部が、今もまた無理な挿入に悲鳴を上げて血を流す。
漏れ出す赤が、クルーゼの楔すら汚していった。
微かな血のニオイ。それもまた、クルーゼを煽るだけ。

「・・・貴様はただこうしていればいい。余計なことは考えるな」

滑らない中を強引に蹂躙しながら、耳元で囁く。
痛みと圧迫感で息もつけないほどの衝撃を受けたフラガはその言葉にこくこくと頷いて、
必死にクルーゼの許しを乞うていた。
いつの間にか滑る内部は熱く、クルーゼにしてみれば最高に心地いい。
クルーゼはフラガの身体を膝が胸につくほどまで折り曲げると、すすり泣く彼を気にも留めずに最奥まで貫いた。

「ああー・・・っん・・・っ・・・」

痛みと、快楽と、そしてどうしようもない絶望感が、フラガを襲う。
こうやって男の意のままに身体を開かされ、そして劣情を叩きつけられるだけの自分が、
嫌で嫌でたまらないと思う瞬間。
愛情のかけらもない行為に全身が軋みを上げる様に、フラガはいつの間にか目尻から涙を零していた。
内部で男のそれが、ふと痙攣したかのように痺れを伝えた。

「っは・・・、っ・・・」

今更のようだが、一方的に達かれて放って置かれることが一番辛い。
身体もそうなのだが、何より心が。
おかしなことだと思う。ただの玩具に、クルーゼが愛情などかけなくて当然だ。
そう自覚しているつもりで、それなのにこういう時は決まって自分らしくなく泣いてしまうことが、
フラガが今だにクルーゼの過去に振り回されていることを示していた。

「・・・っう・・・!」

・・・涙が、止まらない。
けれど、嗚咽をクルーゼに聞かれるわけにはいかなくて、唇を噛んで横を向けば、
それでも次々に溢れ出す雫はひんやりとした床を熱く濡らしていった。
達かされなかった身体がつらくて、勃ちかけたそれを手で扱けば、それだけでやりきれない想いが嫌というほどこみ上げてくる。
心はこんなに痛いのに手で追い上げるだけで熱が高まっていく自分に、フラガはぎゅっと瞳を閉じた。

「っ・・・!」

かろうじて声を抑えて、達する衝撃に身体をびくびくと震わせる。
自分の精で白く汚れていく胸元が―――、ひどく痛かった。
耳元で、足音がした。

「・・・来い」

冷たい声。シャワーと着替えを済ましてきたらしいクルーゼだ。
けれど、放心してすべてがおぼろげにしか見えていないフラガには、クルーゼの言葉など伝わってはいないのだろう。
あられもない姿のまま動こうともしないフラガに目を細めて、
クルーゼは力の抜けたその腕を掴み強引に身を起こさせた。
絡まる視線。クルーゼと視線がかち合った瞬間、フラガはやっと自分の身に起きていることを知る。
その人を凍りつかせるような眼光に一瞬引いた体を、クルーゼはぐっと引き寄せた。

「・・・ひ・・・っ!」
「怖いのか。私が」

覗き込んでくる色は、狂気に呑まれていた先ほどよりはいくらか落ち着いてはいたが、
それでもフラガにとっては恐れる対象でしかない。
けれど、たかが玩具にそんな感情はいらない、とばかりにそんなフラガを鼻で笑うと、
クルーゼはフラガの身を乱暴に抱え上げ、自室のベッドへと放り出した。

「っ!」

息を詰める。けれどそんなことはお構い無しに、
今だフラガの両腕に引っ掛かっていたバスローブをうざったそうに引き剥がす。
ベッドの下にそれを無造作に放ると、
クルーゼはフラガの髪を片手で掴んで今はガウンに包まれた自身へとフラガの顔を近づけた。

「舐めろ」
「・・・っ・・・」

あまりの直接的な物言いに、フラガの頬が羞恥に染まる。
布越しのそれに顔を押し付けられ、内部で存在を誇示しているそれを感じてしまう。
恥ずかしさとそして屈辱感にフラガが思わず顔を背けると、クルーゼは掴んでいた髪を強く引いて顔を上げさせた。

「・・・いい度胸だな」

見下される視線は、明らかな蔑みの色。
次の瞬間、喉の奥で高らかに笑われ、フラガの心が凍りつく。
抵抗などできもしない相手に拒絶の意志を向けることは、今の自分にとって一番許されないことだった。

「貴様が私のモノだと、まだわからんとはな・・・」

今度はまともに彼自身を口元に突きつけられ、引き結ぶ唇に先走りの液が垂れる。
男の生臭さが鼻につき、逃れようとしてぎゅっ、と髪を握られた。
上向かされたため軽く開いた口内に、無理矢理に楔が押し込まれる。
喉の奥まで含まされ、フラガはその苦しさに目を瞑った。

「っう・・・ふ、っん・・・!」

止まっていた涙が、また零れる様を。
クルーゼは残酷な笑みを浮かべて指先を伸ばし、それを掬ってやる。
それから苦しげに眉を寄せて必死に自身を押し出そうと舌で押す内部を、抜き差しするように最奥まで蹂躙してやれば、
フラガは観念したかのように両手で自身の根元を支え、
クルーゼの快楽を引き出そうと必死に口内で刺激を与え始めた。
喉の奥に垂れる先走りが気持ち悪い。
けれど、そんなことを考えている暇もないくらいにフラガの理性を蝕むクルーゼのそれは、
フラガが動くたびにその容量を増し、フラガの内部を圧迫していく。
クルーゼの指先に力が篭り、次の瞬間熱く張り詰めた口内の熱が震える感触に、
フラガは咄嗟にクルーゼから逃れるように彼自身を突き放した。

「・・・く、―うっあ・・・」

クルーゼが達する直前にそれを吐き出したため、放たれた精がフラガの顔を襲った。
顔を顰めて逃れようとするものの、クルーゼの、フラガの頭を支えた腕はそれを許してくれるはずもなく。
頬や髪をクルーゼの白濁で穢されて、フラガは嫌悪感に身を浸していた。 けれど、そんなことを考える余裕もなく、またもや口内を犯し侵入してくるクルーゼのモノ。
冷ややかな声が、フラガの頭の上で聞こえた。

「まだ誰もやめていいなどと言ってないぞ。全く、往生際の悪い・・・」
「も・・・っ、い、や・・・っ!」

フラガの逃げの言葉など、クルーゼは意にも介さない。
またどんどんと熱を帯びてくる口内のそれが、フラガを苛んでいく。
クルーゼが達く直前で吐き出してしまった自分が悪いのだが、それでもあまりのクルーゼの自分への態度が辛かった。
必死に舌を動かせば、ふいに内部から自身を引き抜かれ、粘液が口元から糸を引く。
放心したようなフラガの身体をうつ伏せの体勢にさせてクルーゼが収縮するそこに先端を宛がえば、
もはやフラガの頭はまともに現実を考えることなどできなかった。

(・・・っ・・・ラウ・・・)

こうやって繋がる行為が、ひどく痛い。
それは、確かに自分が愛されていないからということも理由ではあるが、本当はそれだけではなかった。
たまに気まぐれの優しさをくれることはあっても普段は快楽奴隷でしかない自分。
もし本当にクルーゼがそれを望むのなら、確かに喜んで身体を差し出したかもしれない。
けれど、現実は違った。
クルーゼは、自分を抱く時ふとやりきれない表情をする。
それがどうしてなのかはフラガには想像もつかなかったが、ひどく切なくて、痛い表情だと思うのだ。
それを見ると、慰み物として犯されている立場だというのに、
むしろクルーゼにとって慰めどころか苦しみにしかなっていないような気がした。
確かに、クルーゼのいいように扱われ、嬉々とした顔で見下ろされた経験は何度もあるけれど。

「っああー・・・・・・」

思考さえ途切れさせるような強烈な衝撃。
けれど、どこか空虚なそれにフラガは視線を彷徨わせる。
こうしている時、クルーゼが何を考え、そして自分を抱いているのか、ひどく気がかりだった。
自分がここに来る前は、ずっと孤独だった彼。
プラントに来て、ザフトに入って、何を思って今まで生きてきたのだろう。
部屋のデスクで仕事をする彼の、明らかな嫌悪表現や言動から、
ザフトの理念に同意して参加したわけではないようだ。
案の定、ただの指揮官ではなく、身体までの関係を上官に対して持つ彼は、
彼にしかわからない「何か」のためにこんなことをしているのだろう。
身体すら省みず、死にそうになりながら。
そんな状態で、それでもなお無理をし続ける彼が、痛いと思った。
不意に、視界が真っ白に染まった。

「っ・・・」
「・・・もうイってしまったのか?・・・生意気だな・・・」

玩具のくせに、と蔑まれ、ぎゅっと目を瞑る。
達したすぐの根元を布切れで縛られ、フラガは息を呑んだ。
熱をもたらすそれが、自分の最奥をこれ以上ないほど擦り上げていく。
痛みと、快楽に朦朧とした頭が、男の名を呼んだ。

「ラ、ウ・・・っ・・・」

せがむなど、玩具には許されないことだと自分自身知っている。
けれど、心はそんなことよりまず愛する男を案じるそれが支配していて、
ただ心から彼の名を紡いだ。
切ないようなその声に満足したのか、クルーゼの楔が一段と熱を増す。
ただの気まぐれか、フラガが伸ばしてくる腕を捕らえて。
足を抱え上げて、うつぶせだったフラガの身体をこちらに向かせた。
フラガが見上げてくる。ひどく潤んだ、揺れた瞳。

「ラウ・・・お願いだよ・・・」

何がお願いだというのか。
クルーゼはフラガのその言葉に眉を寄せて、浮かされたようなその声を遮るように腰の律動を早めた。
たかが玩具扱いでしかないこの男に何を言われる筋合いなどないのだから。
けれど。

「・・・もう・・・見たく、ないんだ・・・あんたが・・・っ・・・!」

苦しむのは、と言いたくて、下肢を襲う衝撃に息を詰める。
朦朧とした意識のまま必死にクルーゼを探して、フラガはクルーゼの熱を求めた。
痛くて、苦しくて―・・・、それでも快感であるその理由。
クルーゼが目を眇めて笑う。

「くだらんことを考える・・・。やはり、頭までいじったほうがよかったか?」

そうすれば、こんなやりとりなどしないですむというのに。
ああ、本当に・・・そうしてくれればよかったんだ、とフラガもまた頭の片隅でそう思う。
こんな・・・ともすればくだらない、と切って捨てられる感情など、持っていたくなどなかった。

「なぁラウ・・・。俺が、傍にいてやるよ・・だから、もう、苦しまないでくれ・・・!」

叫んだ瞬間、息もつけぬほどの圧迫感が彼を襲った。
乱暴なそれに、クルーゼを見上げれば、ひどく憐れみを込めた深い蒼。
見たことのないクルーゼのその色に息を呑めば、
クルーゼは身体を傾け、快楽に喘ぐ唇を己のそれに重ねた。
ひどく甘い―・・・あの過去を思い出させるほどの、甘く切ない感触。
胸が焼け付くように熱くなっていくのが、自分でも感じられた。
知らぬ間に、涙が零れる。
一頻りフラガのそれを味わって、クルーゼは薄い唇をすっと持ち上げた。
ひどく酷薄な笑み。けれど瞳を閉じたフラガはわからない。

「・・・キレイだ・・・お前は。世界中のどんな奴より・・・な」

それでこそ私の愛したお前だよ、と囁かれて、えっとフラガが目を開ける。
けれど、信じられないような言葉を吐いた男は、
それをつい先ほど自分に向けて言ったとは思えない狂気の笑みを顔に浮かべていた。
そして、くっくっく、と恐怖を煽るその声。
フラガは背筋が凍る思いに身を竦ませた。
途端、乱暴に自身を掴まれ、激痛がフラガを襲った。

「いああ・・・!っ・・・ぁあ」

あまりの苦痛に顔を歪めれば、そのまま声を奪うかのように激しいキスが降って来る。
そのままの体勢で下肢すら突き上げられ、フラガは目もくらむような痛みと快楽のせめぎあいに震えた。
クルーゼは何も変わらない。ただ、同じように酷薄な笑みをフラガに向けるだけ。
唇を解放され、大きく息をつきながら、フラガはクルーゼを呼んだ。

「・・・っ・・・ク、ルーゼ・・・」
「お前は何も知らなくていい・・・私の下で、こうやっていさえすればいいんだ」

優しい声音。それが作られた偽りであることをフラガは知っている。
けれど、今は。
それがクルーゼの本心だと、思いたかった。
自分を誰よりも大切に思ってくれていると。―愛していると。

「ラウ・・・」
「お前はそのままでいい・・・あの時と何も変わらないお前を見せてくれ・・・」

かすむ意識は、もう限界に近い。
クルーゼが最後に囁いた言葉すらフラガには伝わらず、
そのままもう一度突き上げられた時意識はどこかへ飛んでいった。
ずる、とクルーゼの背に回していた腕が力を失い、シーツに落ちる。
憔悴しきったフラガの顔は、幾度も続けられた行為に、ひどく青褪めているような気がした。





通信機のダイオードが点滅している。
留守録だということに気付き何気なくボタンを押して、クルーゼは眉を寄せた。

「・・・・・・馬鹿な男だ」

時計を見る。今は夕方の6時前。時間は丁度いいだろう。
ちらりと意識を失ったまま眠るフラガを見やって、クルーゼは衣服を整えた。

(・・・ムウ)

はじめは、本当に穢したかった。再会した時、あの少年時代と何も変わらぬ笑みを向けたこの男を。
自分はこの十数年、散々人の闇を見せ付けられてきたというのに、
この男はそんなことなど何も知らないかのように、無邪気な笑みを向けてくる。
だから連れてきた。穢して、堕として、現実というものを見せ付けたかった。
けれど、そんなことをしても、彼の心は穢せない。
それどころか、そんな彼の真摯な心になぜか感じたことのない穏やかな気持ちになる自分がいて。
愚かなことだ、とクルーゼは自分すら嘲笑った。
そう、ここは、あの男を閉じ込める檻。
私の物・・・・そう、誰にも穢されないで生きる彼を閉じ込める鳥かご。
人間の黒い感情に染まってしまった自分、そして穢されないままの美しさを保つ彼。
・・・誰にも、穢されたくなかった。
コートを羽織る。今日はなんとしてでも近々行われる作戦行動を練らなければ。
フラガに後ろ髪を引かれながらも、そんな感情をくだらないと一蹴して、クルーゼは外へと出たのだった。






END












Update:2003/10/24/FRI by BLUE

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