「イケナイ事。」



痛みに霞む視界の先、見覚えのある家の門灯に、
フラガの荒く息をつくその呼吸に安堵の色が混じった。
二度と手をかけまいと誓った、その重たそうな門に凭れて、
フラガはもうほとんど動けない身体を投げ出す。
ほんとうに、もう、決別したとばかり思っていた男のその家は、
しかし今のフラガには最後の拠り所。
震える手、必死の思いで呼び鈴を鳴らせば、微かに室内で物音がした気がした。

ああ、クルーゼ。

もう、来ないと誓ったのに。

どうして俺は、こんなところにいるんだろう。

門の外は、激しさを増すばかりの雨。
足元には赤い色。
手で押さえたままの肩の痛みはそろそろ限界で、
壁に背を凭れて支える身体がふらりと揺れる。
石畳に腰を落とし、上半身すら倒れ込む。情けない。でも、もう、無理。
瞳を閉じる。頬をつけた床は、ひたすら冷たい。
でも、それでも。
雨に打たれるよりはまだマシで、フラガはそのまま意識を遠のかせる。
家主が門を開けたのは、それから数秒後のことだった。
門の前で死んだように倒れている存在に、彼は何を思ったろうか。
血と泥で薄汚れた負け犬を、
彼ならばそのまま捨て置くことだってできたろう。
もう、言葉も出ない。
ただか細い声で呻くそれに、男はこちらもまた無言でその存在を屋内に引き入れた。
本当に、馬鹿げたことだ。
もう二度と、戦場以外では会わないと、そう誓ったはずなのに。





「・・・イケナイ事。」










再び意識が浮上したとき、始めに感じたのはその部屋の暖かさだった。
先ほどまでずっと走り続けていた雨の下で冷え切った身体は、
今は熱いくらい。ぼんやりと自分の身体を見、
すべての衣服が取り去られ、代わりに自分のものではない男のそれが身につけられているのを理解して、
フラガは微かにため息を吐いた。
改めて、逃げ込んできた場所がどんなところかを思い返す。
かの存在がいて、温もりがあって、変わらぬ優しさがあって。
自分の決意をひどく揺るがす、そんな空間。
だから、もう二度とこの場所には来ないと誓ったのだ。
だがそれは、彼にとっても同じはず。

「・・・起きたのか?」
「・・・・・・・・・ああ」

所在なげに視線を逸らして。
まともに男の顔なんか、見れなかった。
少しだけ上半身を起こさせられ、途端傷を負った肩が苦痛を訴える。
小さく呻き声をあげると、男は心配そうに彼を覗き込み、
そうしてゆっくりと包帯を巻きつけた上半身にゆったりとしたシャツを羽織らせた。

「貫通創だったからまだマシだろうが・・・。まったく、何をやっているんだ、お前は」

過去と変わらない男の口調に、ずきりと胸が痛んだ。
非難するような声音だが、
それ以上にはっきりと自分を心配してくれているのが伝わってくる。
そうして、そんな彼の優しさが、今のフラガには痛かった。
今更、彼の甘さに溺れるわけにはいかない。これはけじめなのだ。
その意見の相違から、まったく正反対の道を歩むことになってしまった彼と、自分との。

「・・・うるせーよ」
「人に介抱させておいて・・・。素直じゃないのも相変らずだな」
「悪かったな」

そっぽを向く。今だにまともに男の顔を見ていなかった。
このラウ・ル・クルーゼという存在を意識するだけで、まだフラガの心は揺れる一方なのだ。
その上こんな傍にいて、少し身体を動かせば簡単に触れ合える位置にいることは、
フラガに耐え難い心許なさを覚えさせた。
流されれば流されてしまいそうな、そんな距離―――。
クルーゼは手を伸ばし、額に触れた。
途端、フラガは鼓動を跳ね上げた。精一杯見開いた蒼の瞳を、クルーゼに覗き込まれる。

「―――っ」
「・・・少し、熱があるな。具合は悪くないか?」
「べ、別に・・・」

内心の怯えを映して揺らぐフラガの瞳に対して、男は冷静だった。
少しだけフラガの身体を傾けて、その背にいくつかクッションを置いてやると、
サイドテーブルに置いてあった薬と水の入ったコップを彼に差し出す。
戸惑うフラガの手にそれを握らせてやると、
クルーゼはそれを促すように顎をしゃくった。

「痛み止めだ。少しはラクになる」
「・・・す、すまない」

クルーゼの好意が苦痛でならない。自分で来ておきながら、フラガはここへ来てしまったことへの後悔に苛まされる。
たとえこの優しさが特別自分のためにつくられたものではなくて、
過去それなりの関係にあった存在に対しての礼儀的なものだったとしても、
勘違いしてしまいそうになる。
今でも、自分を愛してくれているのでは、と。
もちろん、彼のそんな感情は、今も昔もフラガにとって迷惑なだけだ。
ましてや、こんな、完全に立場も分かたれた現状で―――。
無関係のフリさえしていれば、何の問題もないと思っていた。実際、戦場で相間見えようと、
互いの存在に感づこうとも、ただそれだけのことだった。
けれど、ならば、どうして自分はここへ来てしまったのだろう。
バカなのは自分だ。
過去を断ち切ったつもりでいて、何かあればすぐに彼に頼るしかなくなる。
そんな自分が嫌で、彼の元から離れたというのに―――・・・

「・・・飲まないのか?」

クルーゼの言葉に、ハッとした。
目覚めたばかりで、思考がおいついていかないのか。
手に渡されたそれを呑もうとして、肩の痛みに顔を歪めた。それでも辛うじて錠剤だけは口に含む。
コップを持つ手が震えた。痛む身体で、必死にふちに口をつけようと背を屈める。
そんなフラガに見かねたのか、クルーゼがその手を止めた。

「・・・クルー、ゼ?」
「貸せ」

多少強引に手の中のそれを取り上げられ、フラガはただぼーっとした頭で彼を見ていた。
熱のせいか、寝起きのせいか。
意識が散漫な彼の思考では、クルーゼの真意がわからない。
クルーゼは水を口に含み、そのままベッドに上半身を傾けた。
す、と唇に暖かなものが触れる。目を見開いた時には、もう既に遅かった。

「ん・・・!」

引き剥がそうとして、ぐっと肩をつかまれた。怪我をしていないほうの肩だ。
そうして、そのまま顎を掴まれ、顔を上げさせられる。
その拍子に、口の端から液体が零れ落ち、その感触にフラガは眉を寄せた。
けれど、全てを流し終えたクルーゼは、しかしそれでもフラガを離そうとしない。
やがてあきらめたように、フラガの喉が動いた。

「・・・っ、てめっ・・・!」

唇を押さえて、フラガは涙目でクルーゼに抗議の視線を向けた。
けれど、クルーゼはそれに取り合わず、席を立つ。サイドテーブルの治療道具を手に、フラガに背を向ける。

「おとなしく、寝てろ。傷が開くぞ」
「貴様・・・!どういうつもりで・・・!!」

気が、動転していた。
どういうつもりで、とはクルーゼよりもむしろ自分自身に問いたかったはずだ。
だというのに、嫌な記憶を思い出させるような彼の行為が、憎らしい。
唇に残る"かれ"の感触。
過去は何度も交わしたものであっても、今は違う。
だが、そんなフラガの言葉に、クルーゼは息をついた。

「・・・勝手な男だな、お前は」

振り向いたクルーゼに、思わずフラガは息を詰めた。
クルーゼは、フラガを睨んでいたわけでも、怒っているようでもなかった。かすかに笑っていさえもした。
けれど、何か。
呆れたような、安堵したような、けれど少しだけ寂しそうなその表情に、
フラガは目を奪われる。
相変らず、その容貌はひどく整っていて、綺麗で、美しいとさえ思う。
自分に似た色の瞳も、深い海の底の様相を示し、見るたびに溺れそうな錯覚さえ覚えた。
そうだ、どうして忘れていたのだろう。
戦場で相間見える時は、ほとんどMS同士で、
たまに生身で出会ったとしてもほとんどその素顔は冷たい仮面に隠され。
だから、忘れていた。
彼の"本当"を。彼の素顔を前に、自分は冷静ではいられない。
だから、無意識のうちに彼の顔を見ないようにしていたのだと、今更のように思う。
フラガは自分の迂闊さを呪った。
ゆっくりと近づくクルーゼを前に、必死に理性をかき集める。

「や、めろ・・・」

牽制のつもりでフラガはクルーゼを睨みつけた。
彼が本気になれば、それが全く意味を成さないものになることはわかっていた。
けれど、せずには居られなかったのだ。
案の定、彼はただため息をついただけで、ベッドの上のフラガを見下ろした。
今は圧倒的に不利な自分の状態が恨めしかった。
いや、もし自分が本当に嫌だったなら、痛みすら構わずこんな所から逃げ出していたはずだ。
なぜ、それが出来ない。
クルーゼの手が動き、身体が震えた。
動揺を隠しきれないフラガの空色の瞳が、怯えたようにクルーゼを見つめていた。

「・・・っ」
「お前は、いつもそうだ」

クルーゼの滑らかな指先が、フラガの頬を伝った。

「自分の都合のいい事ばかり求めるくせに、他人の気持ちは無視か?」
「誰、が・・・。押し付けてんのは、あんただろ?」

確かに、彼に頼り、ここまで来てしまった事は事実だ。
だが、嫌ならばそのまま捨て置けばよかったのだ。ましてや、今更彼に迫られるいわれはない。

「・・・それに、もう、俺は・・・!」

お前の恋人でも何でもないのだ、と。
全てを断ち切ってきた。互いに相容れない感情と、折れることのない信念。
道が違えど心は同じ、など甘いものではなかった。
彼が居れば、心が狂わされる。より多くのものを大切に思うフラガにとって、そのストレートなクルーゼの感情は苦痛でしかなかった。
確かに、フラガにとって大事な部類に、クルーゼの存在も入ってはいたけれど―――。
自分の全てを彼に捧げる気にはなれなかった。そうなるには出会うのが遅すぎた。
既に捨てられないものを数多く抱えていたフラガにとって、
それを守ることが戦場にあって唯一彼を支える糧となっていたから。
それを全て捨て、クルーゼについていくことなど不可能だった。
だから、別れた。
それを、彼は知っているし、自分もまた。

「・・・だから、私の好意はもう受けない、と?」
「・・・助けてくれてありがとうよ。でも、それとこれとは別・・・っ!?」

最後まで言わぬうちに、フラガの右肩に衝撃が走った。
強く掴まれ、背をベッドに押し付けられる。収まりかけていた痛みがまたじんじんと疼きだし、
フラガは眉を寄せる。
だがそれ以上に、見下ろしてくる男の表情に震えた。
先ほどの柔らかさなど影もない。ただあるのは、刃のような冴え冴えとした光だけ。
感情も何もない、ただ冷たい視線を向けられて、
フラガは内心の怯えを必死に押し隠した。

「や、めろ・・・」
「代価は・・・?」
「な、に・・・・・・?」

一段と低まった声音が、フラガの瞳を捕らえたまま放たれた。

「貴様は言ったな。好意を受ける気はない、と。―――ならば、貴様を助けてやった代価を支払ってもらおうか」
「っ・・・!!」

さしたる抵抗もできないまま、強引に唇を奪われた。
自由になるのは痛む左腕だけで、それでも男の胸に突っ張ろうとして、
逆に手首を捻られシーツに押し付けられる。
乱暴な扱いに傷口が開いたのか、肩が悲鳴を上げた。
血すら滲む様に、フラガは脂汗をかいた。
今の彼には、痛みと、そしてそれ以上の恐怖しかない。

「フン・・・いい眺めだな」
「貴、様・・・」

肩が、焼けるようだった。
抵抗しようにも、どこかを動かそうとするだけで肩が疼いてたまらない。
フラガは今更ながら、
自分がこの男から逃れられないことを悟っていた。
自分の愚かさが情けない。クルーゼに触れられた感触を忘れるように、
きつく唇を噛み締め、横を向く。
逃げることすら叶わないのならば、せめて理性だけは流されまい、と。
そうして瞳を閉じた目の前の男に、クルーゼは目を細めた。

「・・・ムウ」
「・・・っ、・・・」

耳元で低く囁いてやるだけで反応を返すその身体は、
長い年月このクルーゼという男に自分が流されてきた様をはっきりと示し、
フラガは唇を噛み締める。
離れて1年以上経つというのに、
染み付いた彼の存在は今もなおフラガを苛んでくる。
そうして、そんなフラガを見下ろすクルーゼは、
冷めた表情を見せるその下で、激昂する自分の心を抑えられずにいた。

これほど、身体は自分に忠実なくせに。

ぎゅっと瞑られた目の端に、クルーゼは口付ける。
先ほど羽織らせたシャツの胸元に手を這わせると、びくりと身体を震わせた。
それにつれて、眉間に一層の皺がよる。
傷ついた肩に響いたらしい。
耐えようと身体を強張らせれば強張らせるほど傷口からは鮮血が溢れ出して来て、
痛みに意識が遠のくほど。
けれど、クルーゼは構わず、身勝手な愛撫を続けていた。
どうせ、どうあっても合意の関係に持ち込めないのだ。少々痛い目にあっても仕方ないだろう。
鼻で哂って、口の端を持ち上げる。
どうせ、自分のこの彼へ向ける激情を、彼がまともに受け取ってくれた試しはないのだ。
いつも感情をぶつけるのは自分ばかり。
そのたびにうんざりと、投げやりに相対していたフラガは、
確かに一時は恋人と言える関係だったかもしれないが、
決して公にいえる関係でもなければ、特にフラガにとっては認めたくない以外の何物でもなかったからだ。

「あ、・・・っ」

強情なこの男を、何度壊してやりたいと思ったかわからない。
今だとて、どうせ逃げられるわけもないくせに、
それでも力の入らない腕でベッドの端を掴み、逃れようともがくフラガに、
彼を押さえつけるクルーゼの腕はますます力を込めてしまう。
怪我人だということなど、もはや彼の頭になかった。
目の前にいるのは、ただ、自分の想いを否定し、背を向けた、身勝手な元恋人。
別に、恨んでいるわけではない。理性では、彼の心もわかっていた。もっと冷静な頭の中では、
おそらくはそう遠くない未来、戦争が始まろうと始まらなかろうと死を迎えるであろう自分の元に、
わざわざ大切な者を置くのは残酷だろうとも思っている。
だが、普段どれほどのことがあろうとほとんど冷静さを失うことのないクルーゼが、
唯一その感情をかき乱される存在。
それが、このムウ・ラ・フラガという男なのだ。
愛などではない。こんな感情、愛などという言葉で飾れるはずもない。
フラガに対しての感情は、自分でも恐ろしくなるほど残酷で、そしてそれほどに深い。
憎んでも憎んでも憎み足りない父と、その息子。
何も知らずに育った、幸せな子。
もちろん、決してフラガが何の苦労もせずに育ってきた子供だとは思わない。これは比較の話だ。
自分と、彼との。
父親の裏を知らない、自分という存在を知らない、人の本当の黒さを知らない。
それだけで十分だった。
クルーゼが、フラガという男を蹂躙する理由には。
そうして、強引に繋げた身体の代償は、考えていた以上に彼に執着を覚えてしまった自分の心と、
彼の、自分に対する絶対的な不信感と、そうして噛み合わない互いの想い。
そう、元々、何の障害もなく結ばれる関係でもなかったのだ。
どうせ愛などという生ぬるい感情で繋がるよりは、少々乱暴でも救いようのない執着のほうがいい。
そのほうがより自分らしいと、クルーゼは無表情の仮面の下で考えた。
どうせなら、壊してやりたい。
久しぶりに生身で出会った。ハードな軍隊生活は彼をやつれさせたのか、
押さえつけた手首は思いのほか細く、力を込めれば折れてしまいそうだ。
―――いっそ、折ってしまえば、逃げられずに済む?

「あ・・・、ああ―――・・・っ!!ぃやめ・・・!!」

その途端、フラガの顔が、思わず魅入ってしまうほどの艶やかさを見せて歪んだ。
こういうときは、痛みすら快楽に摩り替わってしまうのか。
明らかな苦痛の色に、しかしフラガの瞳は快楽に浮かされたまま、
無表情のクルーゼに懇願するような目を向ける。
掴まれた手首は、もはや折れる寸前。骨が軋みを上げ、音を立てる様を、フラガは恐怖と共に見つめる。
そうして、泣きそうな目で、己を抱くクルーゼの存在を見上げれば、
少しだけ彼は笑みを浮かべた。
真っ白だったシーツには、思いのほか多量の血が吸われていた。
けれど、クルーゼは気にしない。本当は、どうでもよかった。例え、この行為で無理をさせて、そのまま死なせてしまっても―――

「っ・・・、クルー、ゼっ!!」
「大人しくしていろ」

そうでなければ、命の保障はない、と囁かれて、
改めて背筋を這う恐怖。
クルーゼに見えないところで、フラガは指先でシーツをきつく噛んだ。
顔を背けると、露になった白い首筋をクルーゼはきつく吸い付いた。痛みと共に、紫色の痣になるほどの刻印。
誰にでもわかるような部分に明らかな所有印を刻まれて、しかしフラガは反論もできずに唇を噛む。
耐えるしかないのだ。どんな扱いをされても、もう、抵抗する術などない。
気付けば、上半身は、いまだに腕にシャツを引っ掛けたまま、
素肌の下肢をむき出しにされていた。
抵抗できないかわりに、フラガは浅はかだった自分を心の中で罵り続ける。
何を求めて、こんな男のテリトリーに足を踏み入れたのか。
どうして、気付かなかったのだろう。あそこで踏み止まれさえすれば、こんな状況に陥ることなどなかったはずだ。
だが、ならば、―――どこへ行けばよかった?
任務に失敗し、生身の身体を被弾し、だがここはスパイとして潜入してきたプラント内。
知り合いなどいるはずもなく、身分が地球軍の自分にとって、そもそもコーディネイターは敵なのだ。
俺は、どこに、行けばよかったんだろう・・・・・・

「あっ・・・、そこ・・・っ」

下肢から受ける強い刺激に、フラガは現実に引き戻された。
躊躇いなく青年の自身を手の中に捕えたクルーゼは、そのままそれを激しく擦り上げた。
立て続けの任務と緊張が続いたせいか、こんな状態でもフラガの身体は素直に反応を示し、すぐに先端から蜜を零してくる。
そんな自分が嫌で、しかも自分を抱いているのがクルーゼで、
一番見られたくない相手だからこそ、なおさらに苦痛で。
そうして、そう思えば思うほどに、この背徳的な快楽に感じる自分がいる。
何度認めたくないと思ったかわからない、忌々しい反応を示してしまうこの身体。
それを仕込んだのがこの目の前の男だというのだから、救いようがない。
いつの間にか降りてきていた唇が、胸元の敏感な部分を舐め上げた。身を捩った。だが、クルーゼの唇は吸い付いてくる。

「あ、ああっ・・・」

歯を立てて引っ張られ、それから舌でねっとりと舐められた。ひくつく体はどうしようもなくて、
痺れるような快感に次第に麻痺する思考ももはや止められないまま。
それでもフラガは辛くて、胸に埋められたままの金の頭を引き剥がそうと、
力の入らない指先を滑らかな髪の中に差し入れる。
引っ張ろうとして、しかしそれが逆効果となり、更に激しく勃ち上がったそれを舐められ、
捕えられた下肢は乱暴に扱われ、腫れたように赤黒く、熱を放っている。

「っ―――、う・・・」

互いの腹でそれを擦られ、フラガの顔が甘く歪んだ。
濡れた砲身をゆっくりと辿り、そのまま奥へと指を這わせていく。瞬間、きゅっと収縮を始める彼のそこ。

「っあ・・・やめ、そこ、はっ・・・!!」
「お前のココは、いつでも初心だな」
「・・・・・・っ!!」

からかうような言葉を投げかけられ、フラガは激しい羞恥に顔を背けた。
ますます身体に力を込めてしまう彼に、やれやれと肩を竦めて、
クルーゼは強引に指を押し入れていく。フラガの顔が、快楽ではない苦痛の色に歪む。

「やめっ・・・痛・・・も、・・・!」
「我慢しろ」

懇願を残酷な一言で一蹴して、クルーゼは指を突き立てていく。
内壁を広げるようにして徐々に奥へと進むその感触に、不覚にもフラガは感じてしまった。
こんなに痛いのに、確実に快感が彼を襲ってくる。
指の付け根まで深々と押し込んでしまったクルーゼは、そのまま内部で指を曲げ、彼の感じる部分を擦ってやった。

「・・・・・・!!!」

ぶるり、と身体が震えた。
内部の力が抜けた一瞬、軽々と二本目も挿入してしまう。
食い込むような強い締め付けに、クルーゼは口の端で笑みを浮かべた。
誰の侵入をも許さない、その抵抗感。
誰に対してもくったくのない笑顔を見せる男の、しかしどこか一線を踏み越えさせない影。
その理由がどこから来ているかもすべてわかっているからこそ、執着してしまう。
この男を、こんな風にさせたのは、『己』なのだ。

「あっ・・・あ、ああっ」
「・・・わかるか?」

奥の奥まで押し込んだ指先で、クルーゼは前立腺の裏側を強く擦ってやった。
内部で、他人の指が蠢く感覚。
自分すら知らない、触れることのない部分を、他人に言いようにされる。フラガはその事実に死にたいほどの羞恥を感じた。
以前はクルーゼならば、と思ったこともある。だが、今は。

「やめっ・・・クルーゼ・・・!!」
「・・・お前のココは、まだ私だけの物のようだ・・・」
「ああっ・・・!!」

指を動かされるだけで、腰の奥が疼くのを止められない。快感以外の何物でもないその感覚は、
ただフラガに、自分の身体に残るクルーゼへの未練を自覚させる。
これが赤の他人ならば、ただの無法者ならば、これほどまでに自分の身体をいいようにされるはずなどない。
殴ってでも、殺してでも、こんなことはさせない。舌を切ってでも、こんな屈辱など受けない。
けれど、クルーゼだけは、駄目なのだ。
素直に快楽を覚え、彼の愛撫に反応を示し、どんなに嫌だと思っても、引き剥がせない。

「あっ・・・!や、めろっ・・・」
「こんなカラダをしていて、よくそんなことが言えるな?」
「っ・・・」

心が、引き裂かれるようだった。
自分は、この男と別れたはずなのだ。なのに、どうしてこれほどに動揺するのだろう。
彼と出会ったときから、何年が経ったかわからない。
そのほとんどが、離れて過ごした期間はあれど、互いの想いを重ねてきたのだ。
本当は、もう、今更なのだ。
別れる別れない以前に、元々一つ屋根の下に収まったこともなければ、
今は地球とプラント、まったく違う生活を互いの信念の元に続けている。
だから、本当は、どうでもよかった。
ただ、別れを切り出したのは自分のほうで、その理由はそんな優柔不断な自分が嫌だったからに過ぎない。
地球軍に所属し、仲間を持ち、部下を持ち、彼らを大切に思う心と、
ザフト軍に所属し、敵として討たねばならない相手を想う心。それは、相容れるはずもない感情。
無論、そんな状態を作ってしまったのは自分だ。
元々ザフト軍に所属していたこの男。彼がプラントへと去る別れ際、伸ばされた手。
だが、感情のままその手を取ることは、フラガには出来なかった。
当時のフラガにとって、確かにクルーゼは心の大半を占めていたが、だが、それが全てではなかったから。
クルーゼのためにすべてを捨てるなど、自分にはできなかったから。
だからこそ、辛かった。
自分ではなく、自分の元を去ったクルーゼのほうが悪いのだと。そう決め付けた。
クルーゼが自分を捨てたのだと、そう責めた。愛していたのに、裏切ったのはクルーゼのほう。
だから、いまや敵となった過去の男に、何の未練もない。
もう、切れたのだ。
もはや、相手はただの敵艦の指揮官。
・・・なのに、どうして今も、こうして彼の呪縛に囚われる?!

「・・・お前の言葉は、いつだって裏腹だな」
「な、にィっ・・・」
「イイくせに、「嫌だ」、続けてほしいくせに、「やめろ」・・・。まったく、呆れるよ」
「っあ・・・」

乱暴に、指を引き抜かれた。

「・・・ならば、今のお前の言葉も、嘘なのだろう?」
「あ・・・やめろっ・・・!!!」

フラガは悲鳴のような声をあげてしまった。
クルーゼの熱が奥に宛がわれ、その感触に身体が強張る。
逃げようと身を捩るが、もちろん自由を奪われたままの身体は、何の抵抗も出来ず、
久しぶりのこの男を目の前にして、興奮した男のそれを突きたてられる。
フラガは恐怖に身を竦ませた。だが、そんなもので男の侵入を拒めるはずもない。

「あ―――・・・、あああっ!!!」

声が、抑え切れずに強情な唇を割っていた。
内部を引き裂くようにして侵入してきた楔は、久しぶりの感触と、陶酔するような熱をフラガに伝えてくる。
強張る足を抱え上げられ、無理な体勢に身体が悲鳴を上げたが、
クルーゼは知らぬ顔で腰を押し付けてくる。
痛みと、そしてそれ以上の快楽に、フラガはいつの間にか目尻に溜めていた水滴を零していた。
それを目ざとく見つけて、彼を抱く男は舌でそれを舐め取っていく。
優しいその扱いに、なおさらフラガは涙を零した。
―――そこに、クルーゼの自分へのストレートな想いを、見た気がしたから。

「・・・ムウ」
「っ・・・や、めろ・・・っ」

首を振って、抵抗を続けた。だが、今の彼の言葉に、先ほどまでの力はない。
快楽に蕩けた身体は、フラガの理性を侵食するほどだった。頭が、思考が白く霞んでいく。
そうして、そうなってしまった心は、クルーゼの想いが心地いいと思うばかりで、
結局なんら変わらない互いの立場に、フラガは心の片隅で唇を噛み締めた。
情けなさ過ぎて、反吐が出る。
あまりにもバカバカしくて、フラガは己を鼻で笑った。
もう、壊れるしかない。自分で信念、と称して彼と別れることを決めたクセに、
この様だ。
結局は、クルーゼの愛撫に溺れて、快楽を感じて、声を上げ続ける。
死にたい、と思った。このまま死んでしまえば、二つの思いに心を割られることも、苦痛もなくいられるはずだ。

「・・・死にたいなら、付き合ってやるが・・・?」
「え・・・」

そんな馬鹿げたことを考えているフラガに、
その考えを読んだようなクルーゼの声が重なった。
フラガはクルーゼを見た。クルーゼは笑っていた。
いつもの、人を小馬鹿にしたような哂いでも、悟ったような笑いでもない。
ただ、静かな。穏やかな、笑み。
フラガは目を奪われた。こんな表情を見たのは、本当に久しぶりのような気がしたから。
だが、そんな彼の笑みは次の瞬間には失われていて、
幻のように残像のみが彼の心を支配する。
そうして、激しさを増す下肢の動きに比例して、激しい快感がフラガを襲う。
素肌と素肌がぶつかり合う乾いた音と、接合部が漏らす水が弾けるような音に、耳すら犯される。
痛かったはずの下肢は今ではもう、すっかりと口を開き、
何度も出入りを繰り返すクルーゼを受け入れては、追いすがる。
絡みつくような内部の感触に、クルーゼもまた息を乱した。
フラガの顔を覗き込むと、上気した頬に、綺麗な線を描く柳眉。
閉じることを忘れた唇から覗く赤い舌が、恐ろしく淫らで、激しく欲望を誘った。
舌を絡めて、そのまま深く唇を重ねる。フラガは抵抗なく、クルーゼのそれに合わせて舌を絡ませた。

「ムウ・・・っ」
「あ・・・、やめ、もう・・・っ」

腰を高く抱えあげて、クルーゼは乱暴に奥を求めた。
もう、フラガのことなど考えている余裕などなかった。ただ、その激情に任せて彼を貪る。
愛ではない。愛などではない。言葉にするなら、度を過ぎた執着心。
これでは、彼が逃げ出そうとして当たり前だろう。
けれど、理性でわかっていても、一度手放してしまった男の腕を再び手にして、クルーゼには離すことなどできなかった。
壊してしまっても構わない。いっそ、壊れてしまえばいい。
そうすれば、今度こそ、この手を離さないで済むだろう。

「あ・・・、ラ・・・、ラウっ・・・」

我を忘れたフラガの声音に、クルーゼは止められない衝動をはっきりと自覚した。
手が伸ばされる。あれほど耐えるように、シーツを噛んでいたはずの手を伸ばされて、クルーゼは自分の肩に導いてやる。

「・・・。馬鹿な、奴だ・・・」

クルーゼは熱に浮かされるフラガの頬に口付けながら、呟いた。
本当に、馬鹿な奴。
だがきっと、それは自分もまた同じ事。

「あっ・・・、は、・・・んっ・・・」
「ムウ・・・・・・いいか?」

腹の間のフラガ自身を手の中で擦ってやれば、金糸を乱して、いやいやと首を振る青年。
互いの背を駆け上っていく快感は、ほぼ同時に頂点へと達していた。
どくどくとフラガの中に自分の欲を吐き出していくクルーゼと、
それにすら感じてしまい、びくびくと身体を震わせながら胸元を汚していくフラガは、
ほとんど理性を失った意識の中で、互いの想いを再確認する。
身体を重ね合ったまま動こうとしない彼らは、
多くのすれ違いの心を抱えたまま、

それでも今は、幸せそうに見えた。















「なんだかな・・・」

長い、長い時間が過ぎた後の、呟きのようなフラガの言葉。

「ん?」

クルーゼはフラガを腕に抱いたまま、ただ彼の髪を弄ぶように撫で続けていた。
夜は、静かだ。降っていたはずの雨も、いつの間にか止んでいる。
傷口は、今は再び真っ白な包帯が巻かれていた。
壊れ物を扱うように、クルーゼはその腕を取る。フラガは瞳を閉じた。
今は、どうでもよかった。
本当に愛しい者の腕に抱かれて、そうしてそれが愛しいと思い、暖かだと感じる。
それだけでよかった。何も、考えられずに済むから。
けれど。
・・・けれど、とフラガは思う。
どうして。
どうして、自分はこんなところにいるのだろう。





「・・・・・・、だよな」
「?」
フラガは笑った。 そう、これが、これこそが。




「・・・イケナイ事。」





end.



Update:2005/08/05/FRI by BLUE

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