最期の刻〜final〜



これは俺の義務、逃れられない俺達の宿命・・・。

あの男の存在を感じ、戦闘中にもかかわらずAAを抜け出し、またあの施設へと向かった。
全ては俺のせいなのかも知れない。あの男を生み出し、世界を道ずれに破滅へと狂わせた。
今となってはどんな形であれ、唯一自分と同じ血を持つ者。
だからこそ・・・、俺が止めなければならない。
愚かな父と、彼を研究対象としか扱わなかった者達への憎悪。
それ以上にナチュラルでもコーディネーターでもない異質な自分の存在を呪っているのだろう。

薄暗い室内、何か操作している白い指揮官のクルーゼを見つけた。
やっぱり考える事は同じなのだろう。
どうせ気づかれている。 そう思うフラガは姿を隠すでもなくゆっくりとクルーゼに近づいていった。
クルーゼもフラガの存在にはとっくに気づいていたのだろう、あわてる様子もなく振り返ってフラガを見据えた。
怪我のせいかパイロットスーツを着ていない軍服姿のフラガ。
「そんな状態でよくここまできたな、ムウ」
「ああ、お前を止められるのは俺だけだからな」
フラガはそれだけ言うと、涙を堪えて銃を取り出した。
その動きにクルーゼもまた、銃を構えた。

互いに銃口を向け合いながらも、引き金を引けずにいた。
しばらくの沈黙。
先に銃を下ろしたのはフラガだった。
止めなければならない。 目の前に立つこの男の計画を。
それは十分わかっている。
それでも・・・、彼の存在を、自分の父の愚かな行為を知ってしまった後では決意が揺らぐ。
フラガの瞳に迷いと哀しみの色が混じり、それに気づいたのかクルーゼが口を開いた。
「なぜ、銃を下ろす。私に殺されたいのか?」
何の感情も含まない冷たい口調。
「いや、殺したいわけでも、殺されたいわけでもない・・・。ただ、止めさせたいだけだ」
真っ直ぐにクルーゼを見つめ少し自嘲ぎみに笑った。
「殺すつもりがないのなら、早くここから逃げることだな。もう間もなくこのコロニーは崩壊する。」
フラガ自身も、この施設はこのまま残しておきたくない。そう思っていたのでここを壊すことでクルーゼの邪魔をするつもりはなかった。
俺達二人は負の遺産、もうこの世界に存在していちゃいけない。この戦争を起こした原因の一端。
だから、
「俺の命と引き換えに、もう・・・止めてくれ。 これ以上は・・・俺が一緒に逝くから」
「そんな言葉で止められると思っているのか?」
「親父がやったこと、何を言ってもどうしようもない事はわかってる。でもその原因は俺だから・・・」
「・・・だからお前が償うというのか?」


フラガがいなくなった事を知らされ、キラは直感した。
おそらくは、あそこだ。
―――全ての始まりの場所―――
そしてそこにはクルーゼもいるだろう、と。
もう、誰も死なせたりしない・・・、あの人にクルーゼを殺させるわけにはいかない。
そんなことしたら、きっと壊れてしまうだろう・・・

キラは施設の奥へと進んで行き、二つの影を見つけた。
対峙している二人、クルーゼの手には銃が握られ、それはフラガに向けられていた。
キラ銃を構え、慎重に狙いをクルーゼに定めた。
僅かに動いた影がフラガの眼に入り、それがキラだと分かった時には、銃口はクールゼに向いていた。
「キラッ、撃つな!」
言葉よりも先にフラガの体が反応してクルーゼを庇うように立ち塞がった。
キラが構えた銃の引き金を躊躇うことなく引くと、乾いた銃声が響いた。
それと同時にフラの体が崩れ落ち、膝をついた。

「ムウさん・・・・、どうして・・・・」
何が起こったのか理解できない程の動揺を見せ、キラがフラガに駆け寄った。
「愚かな・・・、私を庇うなど」
独り言のようにそうつぶやき、痛みに耐えるフラガの体を支えてやる。
腕の中のフラガは多量の血を流し、その血はクルーゼの白い軍服を紅く染めていった。
「・・・コイツとは俺が決着つけないと・・・、お前はもう誰も殺すな・・・」
力なくそう言うフラガの顔が苦痛で僅かに歪んだ。
「早く・・・、AAへ、僕が連れて戻りますから・・・」
涙声のキラがクルーゼの腕からフラガの体を引き離そうとしたが、フラガは首を振って拒絶した。
「何で・・・まだ・・・間に合います・・・皆待っているんですよ。・・・あなたが無事に戻るのを・・・」
堪えきれなくなってキラの瞳から涙が溢れ出す。
「すまない・・・、結局最後はお前達に全部押し付けちまって・・・」
既に死を覚悟して、いや最初からそのつもりでここに来たのかも知れない、とキラは思う。
そうでなければ、こんな体で出撃するなんて・・・、考えられない。
いつも他人の世話を焼き、心配してくれたこの人と、敵であるクルーゼとの関係。
それは信じがたい事実で、自分の事以上に辛く重いものだった。

立ちすくむキラの向けてフラガが声を掛けた。
「早く、脱出しろ。もうすぐココは崩壊する、通信妨害もあって外には通信出来ない。
戻ってこの空域から離れるように伝えるんだ」
「一人では戻れません!」
溜息をついて、キラを見る。
「グズグズしてると皆も巻き込まれるんだぞ!お前達ならきっとこの戦争を終わらせることができる。お前にはまだやらなきゃならないことがあるんだ」
今まで二人のやり取りを見ていたクルーゼが口を開いた。
「キミは戻りたまえ、私がいなければ全ての計画は実行されないだろう。早くに手を打てば犠牲者は少なくて済むぞ」
「キラ・・・。アリガトな、ここまで来てくれて・・・。皆にはすまないって、伝えてくれ」
早く戻れと、促すように伝言を託して背を押す。
何度も後ろを振り返りながら、キラは施設を後にした。


世界の破滅を、人類の滅亡を望む自分がたった一人の男に執着してここまで進めた計画を終わらせてしまうなど・・・。
「一緒に逝く」と言ってくれたあの言葉だけで。
ムウ、お前は私がここにいた事の唯一の証。
お前がいなければ、私は造られることのなかった存在。
だからこそ、執着し殺したくても殺せなかったのかも知れない。

力なく、自分の腕の中に体を預けるフラガの頬に手を添えるとうっすらと瞳を開いた。
「何だか変な感じ、もうすぐ死ぬっていうのに 不安も恐怖もないなんて・・・」
お互いの心臓の音だけしか聞こえなくて、とても静かだ。
「どこにも・・・いくなよ・・・」
クルーゼの袖を掴んでいたフラガの手に僅かに力がこもる。
「ああ、ずっとそばにいてやる・・・」
優しく頭をなでてやると、子どものような笑顔をみせた。
遠くで爆発音が響く。
「始まったのか?」
「ああ、外殻部から順番に作動するようセットしてある。ここは一番最後だ」
「親父の事はもちろんだと思うけど・・・、俺も殺したいほど憎い?」
縋るような瞳で、少し辛そうにクルーゼに問いかけた。
「お前も、あの男の犠牲だ・・・。憎んだことはないし、お前が償うことなど何もない」
低く響く優しい声に、フラガの瞳から涙が零れた。
「でも、俺がもっと親父の期待に添える子どもだったら・・・、お前はこんな辛い思いをする事もなかったのに・・・」
フラガの涙を拭ってやっても、なかなか涙は止まらない。
「もし、そうだったら私は生まれる事もなかったな。でも、もう済んだことだ。今更考えても仕方がない。だからもう泣くな・・・」
やはり聞かせるべきではなかったのかもしれない。 
おそらくこうなるだろうと、わかっていたのに。
それでも、自分がフラガにとってどういう存在か知って欲しかった。矛盾した考えだな。
クルーゼがフラガを見つめると、フラガは手を伸ばし仮面に触れてきた。
「もう、最後なんだ・・・外して顔見せてくれよ、ラウ」
そう言って笑顔を見せたフラガは、昔会った子どもの頃のようだった。
あの時別の道を選んでいれば、お互いこんな想いをすることも、世界がこれほど歪んでしまうこともなかっただろう。
だが、私は自分でそれを選んだ。 お前を道ずれにするつもりはなかったが・・・。
ゆっくりとクルーゼが仮面を外し、フラガの手を取り顔に触れさせた。
「今でも信じられないよ、お前がクローンだなんて・・・。俺と変わらないよ」
その言葉にクルーゼが笑い、フラガもそれにつられて笑った。
血の気の失せたその頬にクルーゼが触れると、フラガの手が力なく落ちた。
腕の中のフラガの体が重みを増し、瞳が閉じられる。
「ムウ?」
名前を呼んでみても、何の反応も返ってこない。
まだ温もりの残るフラガにそっと唇を重ねると、クルーゼの頬を涙が伝った。
私は泣いているのか・・・、まだこんな感情があったとは・・・。
これほどお前に囚われていた・・・、たった一人お前だけがこの世界と私を繋いでいた。
だからもう、ここにいる必要もない。
クルーゼがフラガの体を強く抱きしめるとすぐ近くで爆発が起こった。

これで終わりだ・・・。もう何も考えなくて済む・・・。
フラガ・・・、お前が傍にいれば・・・。


度重なる爆発で、コロニーが崩壊していくのをただ呆然と見ていることしかキラにはできなかった。
せめてあの二人が最後に分かり合い、静かに逝けたと信じる事以外には・・・。












Update:2003/09/15/MON by MIZUKI

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