命の灯



いつかは知ってしまう日が来ると思っていた。
けれど、あのまま何も知らずに、自分に反抗的な目を向けてくれればいいのに、と何度思ったことか。
クルーゼは眠るフラガの柔らかな金髪に指を絡ませると、ゆっくりと彼の頭を撫でた。
「―――ムウ」
あくまでそっと。
彼の眠りを妨げる気はなかったから、そっと。
名を呼ぶ。
それだけで胸が苦しくなるのはこの男を愛しているというどうしようもない感情が自分の中にあるからで、
クルーゼは唇を噛み締めた。
だからこそ。
知られたくはなかった。
その表情を曇らせることなど、自分にはでいなかった。
自分を見据えるきつい瞳、
いつもいつも素直にならない反抗的な態度、
ふと見せる、こちらまで嬉しくさせるような笑顔。
その全てが見られなくなることが嫌だったのに。
すっ、と指先を頬に寄せると、フラガの軽く開いた口元から小さな声が洩れた。
うっすらと開かれる瞳。
それはひどく潤んでいる。
覗きこむクルーゼの顔を視界に映したフラガは、寝ぼけているのかぼんやりと彼を見つめた。

「クルー・・・ゼ・・・?」

ゆっくりと紡がれる言葉。そして伸ばされる手。
幾分ほっそりとした感のあるそれを取り、クルーゼはそれに口付けた。
滑らかな肌に唇を滑らせれば、甘やかな吐息が洩れる。
フラガは夢のように甘い行為に恍惚となりながら、瞳はクルーゼを見つめていた。
そうして。

「・・・・・・・・・ごめん」

ぽつりと。
片方の手で、シーツを噛んで。
フラガは謝罪の言葉を紡いだ。
クルーゼは何も言わない。
ただ唇での愛撫を続けるだけ。
フラガはきゅっと唇を噛み締めた。

「あんたの・・・苦しみ、俺、なんにもわかってなかった・・・・・・」

ただ、この男に翻弄されて。
憎みさえしていた自分が、許せなくて。
ふと涙がこぼれそうになって耐えるように横を向くと、すっと気配が動いた。
びろうどのような唇が頬に触れる。そのまま、唇を捕らえられ、重ねられる。
懐かしい気がする男のその感触に溺れたフラガは、飢えたように男の舌を求めた。

「っ・・・クルー・・・、―っラウ・・・!」

キスの合間に、名を呼んで。
その度に視線を絡ませ、唇を貪り合う。
足りなかった。
クルーゼの全てを受け入れるには、到底。
こぼれてしまった涙を見せたくなくてクルーゼの背にしがみつく。
耳元に男の吐息を感じ、肌で鼓動を感じられる『今』が、本当に夢のようだ。

夢・・・・・・。

―そうだ、夢だよな。
この男が、こんな所にいるはずがない。
フラガは自嘲の笑みを浮かべた。
なら、これは自分の願望なのだ。
もう一度、この男に会いたかった自分の―。

「ムウ・・・」

耳に吹き込まれる名を呼ぶ声に、涙が止まらない。
次々と溢れてくるそれを唇で掬い取って。
クルーゼは静かに言葉を紡いだ。

「泣いてくれるな・・・・・・私のために」
「っでも・・・!俺っ・・・あんたにさんざんヒドイ事しちまってた・・・!」

ぎゅっ、とクルーぜの上着を握りしめて。
ごめん、と許しを乞う姿。
誰も、悪くなどないというのに。
こうやって自分を責めるフラガに、クルーゼはふう、とため息をついた。
こうなるから、こうなってしまうから、
この男には、何も背負わせたくなかったというのに。

「なぁ俺・・・どうしたら・・・」

償える?
消え入るほどの声音が、言葉を紡ぐ。

償い?
何を償うというのだ。
私にこの世界でただ1つだけ彩りを与えてくれたお前が、何を償おうと?
絶望だけではない、この世界に留まる理由をくれたお前。
そのお前が、なぜ私に許しを乞う必要がある?
私は・・・

「償いなどいらない」

フラガの背に手を回して。
強く、抱きしめる。
この腕にお前を抱けることがどれほどの安らぎだったか。
それが、私を『ここ』に引き止めた理由。

「―――お前が欲しい」
「っ・・・!」

幾分強引に組み敷かれた。
絡め取られた指が、白いシーツの上に縫い止められる。
思わずはっと息を呑んだフラガは、しかしすぐさま振ってくるクルーゼの愛撫に翻弄され眉を寄せた。

「・・・っだめ、だ、クルーゼ・・・!お前、身体・・・」

必死でクルーゼの身体を案じるものの。
男は愛撫をやめず、それどころかフラガの弱いところを執拗に唇で刺激してくる。
ところどころ刻まれる朱の所有印が、より羞恥を煽った。

「クルー・・・ゼ・・・」

それでもまだ行為をやめさせようと拒絶の声を上げるフラガを、顔を上げて見据える。
その瞳はこれまで見たことがないほど痛々しくて。
フラガは胸が痛んだ。

「別に、無理をしたからどう、という問題ではない・・・」
「・・・・・・」

言葉に詰まる。
フラガは空いた手をクルーゼの顔に伸ばした。
いつも見ていた顔。
自分の前に晒される美しいこれが、本当は偽りだなんて思いもしなかった。
いや、偽りなどではないのだ、本当は。
ただ運命が、それを良しとしないだけで。

「・・・っ」

あの時見た、痛々しいその痕をたどる。
クルーゼはその手を掴み、指先に唇を寄せた。

「お前が気にすることじゃない」

憎むべきは愚かな父であり、破滅へと向かうだけのバカな人類であり。
気にしても仕方ない、とクルーゼは笑った。
どんな、気持ちなのだろう。
目の前に確実な死を見据えるその心は。

「クルーゼ・・・」

クルーゼの手が、フラガのシャツを器用に脱がせた。
本格的な愛撫に移るのだと知って、羞恥に頬が染まる。
けれど、もはやフラガは抗わなかった。抗えなかった。
ただ細い指先が自分の肌を辿る様を、黙って見つめていた。
今の自分には、こんなことくらいしかできることがない。
この男は自分が欲しいと言ってくれた。
どうして、素直にならずにいられるだろうか?!

「ああ、ムウ・・・久しぶりだ、お前の体・・・」

こちらも恍惚としたように。
上気した頬が、このうえなく美しい。

「ああ・・・本当に、久しぶりだな・・・」

過去には毎日と言っていいほどしていた行為。
戦争が始まって、それが激化して、会えなくなって。
そうして今まで、たまには交わってきたものの、いつだって飢えていた。
そんなこと、知られるわけにはいかなかったけれど。

「は・・・あっ・・・」

既に立ち上がっていた胸元の突起は、キレイな紅色に染まっていた。
それを唇で含んで、輪郭を舌先でなぞる。
軽く甘噛みしてやるだけで身体をすくませる彼に満足気な笑みを浮かべて、片方のそれは指先で挟んで。
フラガはくしゃ、と自分の胸に埋まる男の髪を握りしめた。
そのまま、クルーゼの手は下肢へと下りていく。
肌を辿る指先が脇腹のあたりに触れ、フラガは思わず目を見開いた。
あの時、負った傷跡。
今はほとんど回復していたが―。

「・・・っ・・・」
「痛かったか?」
「・・・い、痛くないわけないだろ、このバカ!!」

思わず洩れてしまう反抗的な声音。
それにひとしきり笑った後、クルーゼは痕を残すそれに口付けた。
裂かれた皮膚に沿って舌を這わせるだけで、悲鳴に似た声があがる。

「や・・・」
「すまない・・・コクピットまで破壊するつもりはなかったんだがな。」
「っ・・・相変わらず手加減なしだよな・・・。俺だって死ぬ時は死ぬんだぜ?」
「ふっ・・・私だって同じさ。死ぬ時は死ぬ。それだけのことだ」
「クルーゼ・・・」

傷跡に吸い付くように口付けて。
顔を上げたクルーゼは、名残惜しそうに濡れたそこを指でなぞる。
それから先ほどすっかりと暴かれ、外気にさらされている下肢に目を映した。

「っ・・・」

見られている―たったそれだけの事なのに鼓動が跳ねあがる。
幾分懐かしそうに肌を辿る視線がいたたまれなくなって、フラガはプイと横を向いた。

「・・・あんたも脱げ」

脱ぎかけだった白い軍服を引っ張って。
男のまとう服を全て取り去らせる。
今は自分と対して変わらない年齢を刻む肌が、妙に痛かった。

「・・・ムウ」

不意に、クルーゼの手がフラガのそれに触れた。
中心で頭をもたげていたそれを、大きな手がゆっくりと包み込む。
はっ、と吐息を洩らした男の声が合図になったかのように、クルーゼの手はフラガ自身を扱き始めた。

「っあ・・・はあっ・・・」

瞳を閉じる。クルーゼの手の感覚を追うように。
すると、耳元に濡れた感触が落ちてきてフラガはびくりと身体を震わせた。
下肢への愛撫が緩まることはなく、唇で与えられる緩やかな愛撫もそれはまた刺激的で。
どこか波にたゆとう感覚に、フラガは身を委ねた。
触れる肌の熱が心地いい。
フラガは両手でクルーゼの背を抱きしめた。

(・・・クルーゼ)

先端から漏れだした蜜を指先で絡め取り、砲身に擦りつけるように。
クルーゼの手の動きは驚くほど上手くて、それだけで意識が押し流されるような快楽の波を感じた。
思わず、身をすくめるように膝が立ってしまう。
けれど、自分だけイかされそうになっていることに不満を覚えたフラガは、意識を自分のほうに向けるようにクルーゼの髪を引っ張った。
自分の下腹部に当たるクルーゼのそれが、こちらもしっかりと熱を放っている。

「・・・なんだ?」

瞳を覗き込む男の視線に、恥ずかしそうに目を逸らして。
今だ自分のそれに絡みつく指を解き、身体を反転させる。
それがフラガの続きを催促する態度だと知っているクルーゼは、口元を綻ばせてフラガの背に覆い被さった。
頬を染めて横を向くフラガに唇を落として、指先はフラガの背を辿る。
浮き上がった肩甲骨のあたりを撫でてやれば、ひくりと身体が震えた。
そんな反応が嬉しくて、唇を這わせて。
もう片方の手は、背骨を辿って、フラガの後孔を探り当てていた。

「・・・っ、う・・・。」

触れた途端、きゅっと閉まるそこが、ひどく初々しいような。
最後に触れた時からひどく時が流れていたことを改めて感じて、クルーゼは苦笑した。
毎日抱いていた時も、あれだけ慣れずにキツかったそこ。
これでは、痛いどころか傷までつけてしまいそうだ。

「やはり・・・持って来て正解だったか」
「え・・・?」

キツいだろう挿入に多少恐怖の入り混じる表情が、不思議そうにクルーゼの方を見やった。
けれど当のクルーゼはフラガの身体の上に乗ったまま手を伸ばして自分の服を取り、ポケットに入れていた物を取りだす。
それを目にした途端、フラガの顔が驚きと羞恥で真っ赤に染まった。

「・・・なんてモン・・・持ってきやがる・・・」

その手に広げられる、トロリとした液体。
考えずともわかる。要は潤滑剤だ。
目許を染め恥ずかしげにキツイ視線を向けるフラガは、さしたる抵抗も出来ずに塗りこまれるそれに声を上げた。

「ひぁ・・・っつ、めたっ・・・」
「怪我したくないだろう・・・・・・?」

濡れた音を立てて、指が挿し入れられる。
ぬめったそれに助けられて難なく受けいれさせたそこを、クルーゼは内壁を拡げるようにして指を動かした。

「っ・・・ああっ・・・や・・・」

1本じゃ足りない、とばかりに2本、3本と呑み込むそこを、クルーゼは執拗に刺激する。
中指が一番感じるソコを探り当て、擦るように動かした。
そのたびに身体を跳ねさせ、声を上げるフラガが愛しくて。
さんざん弄んでいい加減弛緩したそこから指を引き抜けば、焦点の合わない瞳が失った感覚を探すようにさまよっていた。

「・・・ムウ」

シーツを両の手の指で握りしめ、これから訪れる衝撃に耐えようとするフラガに、抑え切れない熱が湧きあがる。
両手で腰を上げさせてやれば、恥ずかしながらも自分から腕を立ててきた。

「っ・・・ハヤく・・・しろって・・・」

潤滑油に含まれる成分のせいか、一段と潤んだ瞳や上気した顔に煽られて。
クルーゼはフラガのそこに自分自身をあてがうと、一息ののちゆっくりとフラガの内部に侵入した。
ぬめりに乗らないようにしっかりと腰を支えて、慎重に根元まで挿れていく。
クルーゼの大きさと熱さに息を呑むフラガは、シーツを噛む指に力を込めた。

「っ・・・・・・!」
「・・・ムウ」

フラガの手に自分のそれを重ねて、握り締める。
フラガの内部はぎゅっと自分をくわえ込み、本当に心地よかった。
不意に、抜けるほどまでクルーゼのそれが引き抜かれた。

「っはっ・・・!」

途端、また深々と挿し込まれる楔に、フラガは声を洩らしてしまう。
その衝撃で、触れてもいないフラガの前からこぼれた先走りの液がシーツに染みを作った。
すっと、クルーゼの片手がフラガの前に伸びる。
張りつめたそれをなだめるように扱いてやれば、前からと後ろからの刺激にフラガの顔が歪んだ。

「っ・・・クルーゼ・・・もっ・・・!」
「もう・・・限界か?」

耳元で囁いて。
その声にまで快感を受けてしまい身体を戦慄かせるフラガを抱いて、最奥を激しく責めたてる。
液体の弾ける音が始終部屋に響き渡り、フラガの羞恥を煽った。
けれど、もはや理性などなくなっているも同然で。
快楽を追い求めて、クルーゼの動きに合わせて腰を揺らす始末。
本当の限界を感じて、フラガは枕に額を押しつけた。

「も・・・っ、イく・・・!」

ひときわ強く奥を貫かれ、一瞬フラガの意識が遠くなる。
その瞬間、クルーゼの手の中のそれが限界に弾けた。

「っああああ!」
「ムウ・・・っ」

ひときわ高い声を上げ、フラガは昇り詰めた。
そして次の瞬間には、その衝撃できつくなった内部の締めつけに促され、クルーゼも精を吐き出す。
頂点に達して放心ぎみのフラガは、そのままベッドにうつぶせて倒れ込んだ。
汗ににじんだ髪。それを、クルーゼは撫でてやる。
自分が望んで抱いた身体は、今は疲れ切ったような表情を浮かべ顔を伏せていた。

こんな時、クルーゼはいつも思う。
所詮、愛しているといってずっと傍にいてやれない自分がいるのに。
何故この男を欲しがるのだろう?と。
いつも抵抗していても、最後には自分に全てを預け、身を委ねてしまう。
そんな彼を求めたのは自分だが、それは同時にこの男をひどく傷つけていたはずだ。
フラガを傷つけたくなくて、その表情を曇らせたくないと言って、一番傷つける道を歩んできた自分がバカらしくなる。
でも、この強欲な身体は、傷つけまい傷つけまいとして、それでいてこの男を求めていた。
―欲しかった。この男が。
不意に笑いが込み上げる。
何が『欲しい』だ。世界の破滅を望む男が。
どうせ、この戦争が思惑通りに進むならば、この男だとて死んでしまうと言うのに。
そして、いつかは―自分も。

「っ・・・、愚かだな。本当に・・・」

そう、愚かなことだ。
所詮は自分もバカな人類の一人であることを、クルーゼは心から嘲笑った。
でも、もう、どうでもいいことだ。
泣いても笑っても、終末はすぐそこまで来ているから。
クルーゼはフラガを腕にしっかりと抱きしめた。

これは、自分の命の灯。
彼が生きている限り、自分はこの世界に留まっていられる。
だから―。

「・・・ムウ」

お前が私に償うことは何もない。
ただ、生きて、光の中で笑っていてくれれば、それで。
そして、この身に運命付けられた寿命でなく、お前の手で私の命を刈ってくれ。



お前に殺されるのなら、私は―――。







Update:2003/08/21/THU by BLUE

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